表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/31

8 神殿での出来事

神殿の階段に足をかけた瞬間、レティーナの心は少しだけ安らいだ。

女神様に祈れば、沈んだ気持ちも吹っ切れるかもしれない。そんな想いを抱いていた。


そして、もうひとつの目的。女神の笏に星印の力を通す練習を、毎日レプリカの笏を使い部屋でやっているのだが、一度でもいいので、アニエスのように神殿でやってみたかった。


けれど、扉の前に立つ神官は、冷たい視線で彼女を見下ろした。


「申し訳ありません。今は聖女アニエス様が祈りの最中ですので、外部の者の参拝は……」

「王室から許可されている、神殿への外出時間は今しかありません。祈祷室の隅からでかまいません。どうしても女神様に祈りを捧げたいのです。それに、笏に聖印の力を通……」

「……それでもお引き取りを。神域を乱されては困ります」


レティーナの言葉は最後まで言わせてもらえず、神官によってさえぎられた。

そのとき、奥からかすかに笑い声が漏れ聞こえた。


「ねえ聞いた? 偽の印を持つ子が、また来たんですって」

「何度来ても同じなのにね」

「偽物を入れたら、聖なる場が穢れちゃうわね」

「そうでしょう?アニエス様」

「まあ、皆さまったら。そんなにはっきりおっしゃらなくても。うふふ」


レティーナは拳を握り、唇を噛んだ。

怒りでも悲しみでもなく、ただ心が冷えていく。

それでも、気持ちを切り替え神官を見上げた。


「今、アニエス様の声がしましたわ。祈祷は終わっているのではありませんか?」


アニエスの神殿訪問は、ほとんど祈りはせずに笏に力を通す練習もさぼり、お菓子を食べながらおしゃべりしているだけだと、レティーナは知っていた。本人がそれを隠しもしないから。


神官は、レティーナの声が聞こえないふりをして、神殿内部に帰っていった。


(私は、女神様に祈ることすら、できないの?)


黙って踵を返し、階段を降りる。風が裾を揺らし、目頭がかすかに熱を帯びる。


と、そのとき——


「レティーナ様、お待ちください!」


足音と共に、若い神官が駆け寄ってきた。まだ青年のような顔に、明らかな羞恥と困惑が浮かんでいた。


「……本当に申し訳ありません。同じ、女神様に仕えるものとして、彼らの行いが恥ずかしくてたまりません。どうか、お許しを」


彼は頭を下げ、声を落として続ける。


「残念ながら、私はまだ新人で、あなたを神殿にお通しする力はありません。

ですが、王宮の北翼に、あまり知られていない小さな神殿があります。その場所をお教えしましょう。

誰も使っていませんが……毎朝きちんと清めております。あなたが女神に祈りたいのなら、そこをお使いください。王宮内ですから、時間を気にせず、いつでもいけますよ」

「私が……そこを使っても?」

「ええ。とても小さな神殿ですが、女神は、あなたの声に耳を傾けてくださるでしょう」


レティーナは目を潤ませて、神官を見た。

冷えた心に、神官の優しさが嬉しかった。


「お名前を教えていただけますか?」

「ヨハンです」

「ヨハン様に女神様のご加護がありますように」



この日から、毎日この神殿で女神様に祈りを捧げ、その後、笏に力を通す練習をすることが日課となった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ