7 王宮での生活
王宮での生活が始まった。最初の数日は煌びやかな景色に心を奪われたレティーナだが、徐々に厳しい世界へと変わり始めた。
誰も自分のことを大切に扱ってくれない。
特に、アニエスがその場所にいるときは、レティーナの存在が完全に薄れてしまうように感じられた。
アニエスは王宮の中でも特別な存在であり、いつでも周囲から注目を集めていた。彼女の何気ない一言、一動作が、王宮の中でわざとらしいほどの賞賛を受ける。
レティーナはそのすぐ隣にいても、まるで透明な存在のようだった。声をかけられることすら稀で、話をすることはほとんどなかった。
「レティーナ様、お食事をお召し上がりください」
食事の用意が整ったことを知らせに来るのは、無機質で冷たい使用人たち。
心のこもった言葉は一切なく、ただ義務としてこなされるように、食事の時間が過ぎていく。
「アニエス様。こちらのケーキも召し上がりませんか? 王宮シェフの新作ケーキです。是非アニエス様にということです」
ごくたまにアニエスと同じテーブルに座ることがある。そんな時、アニエスとレティーナの扱いには、大きな差があった。
アニエスの前には次々と新しいデザートが並べられていく。レティーナの前には、最初に置かれた杏子のカップケーキのみ。
「まあ、素敵ね! おいしいわ! これ、新作なの?」
アニエスはレティーナに気を使うこともなく、無邪気にケーキを楽しんでいる。その横顔を見ていると、何とも言えない寂しさが込み上げてくる。
アニエスにはいつも、数人の護衛が付き従っている。
彼女が移動するたび、まるで王族のような厚遇を受けているのをレティーナは目の当たりにする。
豪華な衣装に身を包んだアニエスは、笑顔で人々に囲まれ、どこに行っても大切にされる存在だった。その護衛たちは、まるでアニエスの命令に従うためだけに存在するかのように、彼女の動き一つ一つを見守っていた。
レティーナには、護衛がついていなかった。職種がよくわからない使用人の一人が、無言で立っているだけだ。しかも、その係は専用ではなく日替わりだ。
彼女を警備していないわけではないが、その目は、どこか無関心に思えてならなかった。レティーナが歩く廊下はいつも静かで、人々は彼女にすれ違う時ですら、無視するか、視線を逸らすばかりだった。
その日も、アニエスは元気に廊下を歩いていた。
レティーナは遠くからその姿を見かけ、少し足を止めてしまった。
すると、アニエスがこちらに気づき、にっこりと笑いながら近づいてきた。彼女の顔に浮かぶ無邪気な笑顔が、レティーナには一層辛く感じられる。
「まあ、レティーナ様! お久しぶりです!」
アニエスは軽やかな足取りで近づき、話しかけてきた。その笑顔は本当に無邪気で、それが、余計にレティーナの胸に痛みをもたらした。
「私、毎日がすごく楽しいんです! 私、みんなにすごく期待されてるみたいなんですよ! レティーナ様もそうでしょう?」
にこにことした顔でアニエスは言いながら、首をかしげた。
アニエスと自分の扱いには歴然とした差がある。そのことはわかっている筈なのに、どうしてこんなに無邪気に残酷なことを言えるのだろうか。
レティーナはただ無言でうつむくしかなかった。
「私は、レティーナ様が羨ましいです。だって、レティーナ様は儀式という大舞台がないんですもの。気楽ですよね? でも、レティーナ様も頑張ってください!」
アニエスは続けてそう言って、さらにレティーナの気持ちに気づくことなく、護衛たちと一緒にさっさと歩いていった。
頑張ってくださいって、何を頑張れというの?
その背中を見送るレティーナは、何も言えなかった。