5 王命
レティーナが15歳になったある日。
王宮からの使者が、公爵家に一通の書簡を届けにきた。
重厚な封筒には、王家の紋章が押されており、正しく王家の意向だということを示している。
公爵は書簡を受け取り、目を通す。次第にその表情が険しくなり、しばらく無言で読み続けた。
「なに……?」
書簡に書かれている内容を読んだ公爵は、怒りを露わにし、力強く書簡を机に叩きつける。
「公爵家の娘が子爵家の娘のスペアだと? この面汚しが!」
公爵の怒声に、室内にいた家族全員が一斉に振り向く。公爵の目は、手にした書簡からレティーナに向けられる。
「レティーナ、この恥さらしが! お前が、あの子爵家の娘のスペアらしいぞ!」
レティーナは、自分が何を言われているのかもわからずに、ただ黙って立ち尽くしていた。
公爵が黙って書簡を夫人に渡した。
一読した母親が冷ややかな視線を向け、弟妹たちは無言で顔を背ける。
「レティーナ。あなた王宮に居を移せということよ。聖女アニエスのスペアとして、王宮で引き取りたいのですって。万が一の用心のためだから、あなたには何もすることはないらしいわ」
「恥をかかせよって! 公爵家の娘を子爵家の娘のスペアにするなど、陛下も神殿も何を考えているんだ!」
父親の怒声に、レティーナは目を伏せる。
母親も不機嫌そうに呟く。
「うちの娘が、あの娘のスペアだなんて……」
レティーナは自分が何も悪くないことを理解していたが、それでも、何も言えずにじっと黙っているだけだった。
弟がふと顔を上げ、
「でも、王家の命令なんだから、怒っても仕方ないんじゃないの?」と弱気な口調で言った。
しかし、母親が即座に反論する。
「そうね、陛下のご命令なら仕方ないわよ! だから、怒っているのよ! ああ、公爵家の娘が子爵家の娘の下につくことになるなんて……世も末だわ」
弟は黙り込む。
妹は泣きながら、「お姉さまがかわいそう……」と言うが、父親が厳しい顔で注意する。
「何を呑気なことを言っているんだ! そんな考えではよその家に舐められるぞ!
こんなことになったのはレティーナが聖女もどきだからだ。だから、王宮で聖女のスペアなどという、ふざけた扱いを受けることになるんだ。欠けた星印の娘などに、なんの使い道もないのにな!
こんなことになって可哀そうなのは、私たちの方だ!」
レティーナはただ黙ってその言葉を受け入れながら、心の中で何度も思った。
(どうして私だけこんな目に合うのだろう。私が何をしたというのだろう……)
その場の空気が重く、レティーナはただ部屋を出るしかなかった。