4 冷たい人々
この日、新年の神殿には、新鮮な気が満ちていた。
貴族の子どもたちは、一人ずつ祭壇の前に進み、神官から祝福の言葉を受ける。
レティーナも弟や妹とともに、列の最後尾にいた。白い儀式服は少し大きすぎて、袖が手のひらをすっぽり覆っていた。
(私にも……女神様は、何か言ってくれるかな)
そう思いながら、ゆっくりと祭壇に歩み出る。
神官は彼女の手の甲を見て、微かに目を細めた。
星印。それは確かにあった――だが、一部がにじんだように欠けた、不完全な星。
「……」
短い沈黙のあと、神官はようやく小さく口を開いた。
「……女神の祝福を」
それだけだった。前の子たちにかけていたような温かな言葉も、手を包みこむ仕草もない。
レティーナは静かに頭を下げて、引き下がった。
後ろを振り返ると、弟のレオンが神官から祝福の言葉を受けている。
次に並んでいる妹リゼにも同じような温かい声で、祝福の言葉をかけるのだろう。
列の横にいた同年代の子どもが、小声で言った。
「あれって、“呪い星”って、母上が言ってた。本当なのかな?」
レティーナはそれを聞かなかったふりをして、歩き続けた。
だけど、神殿の床に映った自分の影が、矮小に感じた。
晩餐の時間、テーブルの上には豪華な料理が並び、レティーナの心は少し浮き立った。
「今日はお祝いなんだ」と、胸の奥があたたかくなった。
だが。
「おめでとう、レオン、リゼ。無事に祝福の儀式が終わったな」
父親がにこやかに声をかけたのは、弟と妹だけだった。
え……?と、レティーナは思った。だって、同じように私も祝福を受けたのに?
三人で並んで座っていたのに、弟と妹の前にだけ、小さなチョコレートケーキが置かれた。
名前入りの飴細工が刺さった、可愛らしいケーキ。
レティーナの前の皿には……何もなかった。
「お父様……私……」
恐る恐る声をかけたが、父親はグラスのワインを口にしながら言った。
「ああ……そうだな。レティーナも、祝福を受けたのか」
その声には、微塵も愛情を感じなかった。
「でもまあ……お前には祝福の言葉はなかったそうだな。祝う理由がないだろう」
父親が面倒くさそうに言った。
「そうね。あなたは特別な子ですから」
母親が言葉を添えた。
目は笑っていなかった。
“特別”――それが何を意味しているのか、レティーナにはもう知っていた。
“欠けた星印の子”だということ。
“特別に恥ずかしい存在”だということ。
そう言われたとき、ケーキの甘い香りが急に遠くなった。
レティーナは口元に笑みを作って、でも誰にも見られないようにテーブルの下で指先をきゅっと握った。
◇
レティーナは絵を描くことが好きだった。絵を描いていると嫌なことも忘れる気がした。
それに、絵画教室に来ると、冷たい家族から離れることができるのだ。
教室に広がる絵の具の匂いも、レティーナにとって楽しい匂いだった。
今日は「夜の風景を描いてみましょう」という課題で、生徒たちは思い思いに夜空に浮いた月や雲や星を描いていた。
絵筆の先に、そっと水を含ませる。
レティーナが描いたのは、山の向こうに輝く一番星。
――欠けていない、完璧な星だった。
(これが、私の星だったらよかったのに)
そう願いながら、彼女は丁寧に筆を運んだ。角の数をそろえ、輝きも工夫して、きれいに仕上げたつもりだった。
けれど、巡回してきた教師は、その絵をちらと一瞥しただけで、ため息をついた。
「……ああ、あなたは“欠けた星”だったわね。やっぱり本物に憧れるの? 偽物がそういうのを描くと、不快に思う人もいるのよ」
何が悪かったのかわからない。けれど、声が冷たくて、胸がぎゅっとなった。
教師はそのまま、何も言わずに次の机へと歩いていってしまった。
後ろの席から、小さな笑い声が聞こえた。
誰かが「星に失礼だよね」と囁くのが耳に入った。
レティーナは手を動かすのをやめた。筆が震えて、黒い夜空に絵の具がぽとりと落ちた。