31 最終回 祝福された国
まばゆい光が、王都の空に差し込んでいた。
柔らかな風が吹き抜け、遠くから祝福の鐘の音が響いてくる。
人々の笑顔が広がり、広場には色とりどりの花が持ち込まれていた。
その中心に、二人の姿があった。
ルシアンは、まっすぐにレティーナを見つめていた。
「助かったな」
「ええ、信じられない。それに儀式も成功しましたね」
あの儀式の終盤。レティーナがルシアンの命を守ろうと、彼を炎の外に突き飛ばした。護衛に抱き留められたルシアンは、彼らの手を振りほどき、叫びながら彼女の元に飛び込んだ。
そして、彼女を抱きしめたその瞬間、燃え盛っていた聖力の炎が消えたのだ。
空から降り注ぐ厄災の矢は、その時まだわずか残っていた。それは国のあちこちに落ちていったらしい。
だが、その厄災の矢は、それぞれの場所にいた勇敢な“誰か”の手によって消し止められた。
奇跡のような終結だった。
あれを奇跡に変えたのは、ルシアンの真摯さと、レティーナの献身、そして、それぞれの場で己の役目を果たした、名もない“誰か”の奮闘だった。
レティーナは晴れ渡る空を見上げ、伸びをした。
「ルーの言う通りでした。ずっと、欠けてる星印は、価値がないって言われてきた。でも、不完全な星印でも、価値があったのですね。本当に、80くらいの力は出せたと思います」
「そうだね。君の星印は見事に力を出してくれた。たとえ、それが完全じゃなくても、みんなと力を合わせれば世界を救うことができる。いや、できたな」
「意識を失っていた人たちは、一体どうしたんでしょう。目を覚ました途端、まるで幽霊のようになりましたね」
「ああ、彼らのことか。彼らもアニエスと同じ考えを持っていたからな。
“完全”じゃなきゃ“無”と同じだと。
彼らは、この祝福された世界に住んでいながら、そのことに気づいていないようだ。なぜか、厄災で滅びた世界に住んでいるみたいだね。たぶん、自分の心が作りだした幻影を見ているんだろう」
二人は改めて周りを見回した。レティーナを虐げていた人々は、皆、絶望をした顔をして、幽霊のように歩きまわっている。泣いている者も、叫んでいる者もいる。
ヨハンの報告では、国王夫妻と神官長、神官たちは神殿に行き必死で祈っているらしい。
彼らはこの先、自分で自分を救うしか道はない。
だが、逆を言えば、自分で自分を救うことができると気づけばよいのだ。
「女神様に復讐を委ねたら、却って怖いことになってしまいましたね」
「自分の心に自分を裁かせているんだな。こうなった以上、彼らのことは女神に任すしかないだろう。僕らには手に負えない領域だ」
ルシアンは、隣に立っているレティーナの手をそっと握った。
レティーナは彼を見上げて、微笑んだ。それは、過去の痛みも、孤独も、すべてが洗い流された後の澄んだ微笑みだった。
「レティ。こんな状況下で言うのもなんだが、僕と結婚してくれ。一緒に国を立て直そう」
「はい、喜んで。あっ、でももっとロマンティックな雰囲気でプロポーズして欲しいです」
「例えば?」
「例えば、片手に赤いバラの花束、もう一方の手で手にキスをしてくれるの」
「承知した。では、日を改めて薔薇の花束を持ってプロポーズしよう。君の前で片膝をついて、手の甲にキスをすればいいんだな? 純白の騎士服も用意しよう」
「すごい! 素敵だわ!」
レティーナは両手を胸の前で合わせて喜びの声を上げた。
そんなレティーナを、ルシアンは柔らかく抱きしめた。
かつて「選ばれなかった」少女は、愛する人と一緒に新しい道を歩き始めていた。
人々は、言葉を交わし、笑い合い、抱きしめ合う。
そうやって世界は、より祝福された世界へと塗り替えられていくのだ。
緩やかに吹く風がレティーナの耳元で囁いていく。
“完全”と“無”の間には、たくさんの幸せが詰まってる。それを、君が証明したんだよ、と。
end




