26 悪夢・エルネスト公爵
儀式会場で気を失った公爵が、目覚めた場所は公爵邸だった。
小さな手。小さな体。公爵は子供の頃のレティーナの姿になっている自分に気が付いた。
これは夢か?
衝撃を受けたのは、自分である公爵が厳しい目で、レティーナになっている“私”を睨みつけたのだ。。
どうも晩餐の席のようだ。
テーブルの上には豪華な料理が並び、レティーナの心は少し浮き立ている。
「おめでとう、レオン、リゼ。無事に祝福の儀式が終わったな」
ああ、神殿で新年の祝福を受けに行った日か。こんなことがあったな。
見ていると、公爵である“自分が”がにこやかに声をかけたのは、レオンとリゼだけだった。
え……? ああ、そうだ、そうだったな。自分はいつもレティーナを無視していたのだ。
三人で並んで座っていたのに、弟と妹の前にだけ、チョコレートケーキが置かれた。
名前入りの飴細工が刺さった、可愛らしいケーキ。
レティーナである“私”の前の皿には……何もなかった。
……これはいたたまれない。使用人も少しは気を利かせればいいのに。
「お父様……私……」
恐る恐るレティーナが声をかけたが、父親である“自分”はグラスのワインを口にしながら言った。
「ああ……そうだな。レティーナも、祝福を受けたのか」
その声には、微塵も愛情を感じなかった。
「でもまあ……お前には祝福の言葉はなかったそうだな。祝う理由がないだろう」
面倒くさそうに言った。
頭を抱えたくなった。同じことを自分がされたら、こんなに傷つくことを、私はずっとレティーナにしていたのか。
公爵はこうして17年のレティーナの人生で、自分がかかわった時間を1秒も漏れ落ちることなく体験し終えた。
父である自分がしてきたことを、レティーナの目で体験したのだ。
そして、公爵はこの悪夢から目を覚ました。
目が覚めたとき、そこは先ほどの儀式会場の観覧席で、体は自分のものに戻っていた。
けれど心の奥には――レティーナの悲しみが残っていた。
視線の冷たさ、無視される孤独、言葉の剣。無意識の悪意。すべてが焼き付いて離れない。
自分が彼女につけた傷は、深いようだ。
それを今、ようやく理解したのだ。




