24 厄災回避の儀式
「お待たせしました。儀式を再開します」
レティーナの涼やかな声が会場に響いた。
その瞬間、彼女の周囲にふわりと風が巻いた。
空気が震える。微かに、しかし確かに、光が彼女の足元から広がっていく。
人々の目がレティーナに集まった。これから起こることを何一つ見逃すまいと、微動だにせず儀式場を見つめている。
「僕も一緒に台座に立たせてくれ。繁栄の印を持つ僕が、君と一緒に祈れば、成功の確率が高まるかもしれない」
ルシアンは、レティーナの手を取った。
「あなたが私と一緒に?」
「ああ、僕は君の選択に最後まで付き合うよ。死ぬときは一緒だ」
後ろでルシアンの護衛たちがぎょっとしているのが見える。
彼女は静かにルシアンの手を握り返した。
「あなたが共にいてくれるのなら、私はすごく安心できる」
そう言って、前を向き厳かな声を出した。
「只今から、私、レティーナ・エルネストがアニエス・グラムに代わり、厄災回避の儀を執り行います。皆さま、女神様に感謝を」
その瞬間、光が爆ぜた。
女神の加護が、ふたたびレティーナの星印に宿った。
――そして、国の運命を変える一歩を踏み出した。
レティーナとルシアンはともに、台座の上へと歩を進めた。
白く輝く円形の台座。その中央に刻まれた古代の紋章が、星印を持つ者の力を受けるために脈動している。
彼女は迷いのない手で笏を握り、もう片方の手をルシアンと繋ぎ、その上に立った。
「神官は!? 意識のある神官はいないのか?」
「ここに」
ルシアンの問いかけに、神官が声を上げた。
以前、レティーナに王宮の小神殿を教えてくれた神官のヨハンだった。
彼は、真剣な面持ちでレティーナの前に進み出た。
「ヨハン様、お願いいたします」
「承りました」
ヨハンは静かに頷いて、よく通る声で詠唱を始めた。空気が張り詰めたように静まり返る。
「女神様、お力をお貸しください!」
レティーナが天へと叫び、女神の笏に星印の力を流し、そして、放つ――その瞬間。
凍った空気を裂くようにして轟音がとどろいた。台座の縁から聖力の青い炎が燃え上がり、天へ向かって噴き上げた。
同時に、空からも炎の矢が降り注いできた。聖力の炎は、竜のようにうねり、降り注ぐ炎の矢を追撃していく。
それは、人間には制御不可能な、まさしく女神の星印の力そのものだった。
解き放たれた聖力の炎は、祭壇と台座を炎の渦に巻き込もうとしていた。
それでも、神官ヨハンは途切れることなく詠唱を続けている。レティーナはそっとルシアンと繋いだ手を離した。
その刹那。
「――行って!!」
レティーナは聖力を使い、ルシアンの身体を突き飛ばした。
不意を突かれたルシアンの身体は、台座から転げ落ち、地に届く寸前で護衛たちに抱き留められる。
彼が顔を上げたとき、青い炎の中にレティーナの姿があった。
瞳はまっすぐに彼を見つめ、どこか穏やかに微笑んでいた。
「あなたは生きて、国の行く末を見届けて。幸せになってね」
「レティーナ!! やめろ!! 一緒に逝くって言ったじゃないか!!」
ルシアンの叫びが響く。だが、彼女は首を振る。
「……そんなつもり、最初からなかったのよ。
でも、少しくらい、付き合ってもらおうかなって……ルー、愛を教えてくれてありがとう」
炎の光が彼女の輪郭を包み、少しずつ消えていく。
その姿は、まるで星の欠片が空へ還っていくようだった。
ルシアンは声にならない声で彼女の名を呼び、止める護衛を振り切った。
ヨハンの詠唱はまだ続いていた。




