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23 ルシアンの提案

広場では意識を失った者が大半であったが、少数ではあるがまだ意識を保っている者たちもいた。


その中から、静かに立ち上がった青年がいた。


ゆっくりとした歩みで観覧席から下りてきたのは――第一王子、ルシアンだった。



その姿に、皆がざわつく。

誰もが彼が何を言うのか、息を詰めて見守った。


彼はまっすぐにレティーナの前まで来ると、静かに言った。



「レティ。君は今、初めて“選ぶ自由”を手に入れた。今まで自由のなかった君が、初めて手にした“選択の機会”だ。悔いのないよう、慎重に選んで欲しい」



ルシアンは何を言い出す気なのか。

レティーナが眉をひそめルシアンを見た。彼はまっすぐな目で彼女を見返した。



「今、儀式をしなければ、この国は滅びる。

君を蔑んできた王も、王妃も、両親も、あの女も、みんな死ぬ……そして、この国も、終わる。

それはそれでいい。君が気に病むことなんかなにもない。

ほうっておいても、国はいつかなくなるし、人もいつか必ず死ぬものだから」



レティーナは息を呑み、ルシアンを見た。



「だけど、この選択は慎重にする必要がある。

もし、今、レティが『星印の聖女』として儀式を行ったとする。

それは、レティを虐げてきた者たちを、自分の命を捨てて助ける行為かもしれない。

死なないまでも、君は動けない身体になるかもしれない。

そのことを、レティはどう思うだろうか?

レティの死後、生き残った彼らが、レティの犠牲を忘れてしまって、幸せに暮らすかもしれない。

さあ、レティ。君はどう感じる?

あんなに、すべてを滅ぼしたいと願っていた君が……彼らを救う選択をしたとき、君は何を感じる?」


「……」


「反対に、儀式をせずに、国が滅びゆく姿を見たら……レティは留飲が下がるだろうか?

レティを虐げた人たちが死にゆく姿を見て、どう思うだろうか?

レティと関わりのなかった人たちの死にゆく姿を見て、どう感じるだろうか。

馬が死に、犬が死に、鳥が死ぬ。さあ、君はその光景をみてどう思う?

大事なことだ。よく考えてごらん」


レティーナは放心して首を振った。


「……よく……わからない……」


「この三ヶ月、僕はレティと過ごしてわかったことがある。参考にしてくれ。

その悲惨な光景を見て、きっと、君は心が痛むはずだ。

君は、『国の滅亡とともに、すぐに自分も死ぬから問題ない』、と思っている。

だが、その光景を目の当たりにする時間が、たとえ数時間だけだったとしても。

それは、レティにとって魂を切り裂かれるほどの、耐え難い後悔の時間になるはずだ。

本音をいうと、君にそんな思いはさせたくない。これは、君に避けさせなければならない、未来だと感じる」


「……っ…!」


「迷わすことを言ってすまなかった。僕自身、後悔しないように、このことを君に伝える選択をしたんだ。

レティ、君が“君のために”選んでほしい。誰かを不幸にするためではなく、君の幸せのために選んで欲しい。どんな選択をしても、僕は君の味方だ」



レティーナは唾を呑み込んだ。

気が付けば、空から炎の気配が、じりじりと近づいている。

世界の終わりの鼓動が、肌から伝わってくる。

それでも、レティーナは動けなかった。


(私が生きてきた意味って、なんだったんだろう)


胸に刺さったままの“剣”が、ずっと疼いている。

幼い頃から注がれ続けた冷たい視線。

いつも恥さらしだと罵られてきた。

誕生日を祝われたことすらない。

温かな手も、優しい言葉もなかった。

存在すらも、ないものとされてきた。

――なのに、今更、命を差し出せと? 

必死に守ってきたこの命を?


不条理が過ぎるわ。


ふと、視線がルシアンに向く。

彼は微笑んでこちらを見ている。


たった一人、誕生日を祝ってくれた人。それはレティーナにとって奇跡だった。


(儀式をしなければ、きっと心はすっきりすると思っていた。でもそれはほんとなの?)


(ルーと過ごしたあの綺麗な時間まで、すべて“復讐”で塗りつぶしてしまうことになるわよ?)


(……それは絶対に嫌っ!)



レティーナは、そっと目を閉じる。

胸の奥で、何かが崩れる音がした。

長い間、心で握りしめていた“剣”を、ゆっくりと手放す。

それは、誰にも見えない涙のように、静かに床へと落ちた。



「私は……人を憎むために生まれてきたんじゃない」


「ああ、そうだな」


「……ルーが好きです」


「僕もレティが好きだ」


「ルーと過ごしたこの三ヶ月が、私のすべてだったって……そう思いたいです」


「思えばいい」



目を開けると、頬を染めたルシアンがいて、レティーナはちょっとだけ笑った。そして、ぎゅっと目を瞑り、大声で叫んだ。


「もう、面倒くさいっ!」


恨みも、憎しみも、復讐心も、そして悲しみも、今ここですべて捨ててしまおう。

復讐は女神様がするものよ! 人間がするものじゃないわ! 


空に向けて、レティーナは更に大きな声で叫んだ。



「女神様! 私の中にあるこの醜い想いをすべて浄化してください! あとのことは全部、女神様に委ねますっ!」



目を開ける。そこにはルシアンがいた。

レティーナは彼に向って微笑んだ。すべてが吹っ切れた後のすがすがしい微笑みで。



「さあ、儀式を行いましょう」



広場にいる人々に向かって、レティーナは言った。



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