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21 アニエスによる厄災回避の儀

星導歴141年4月1日

夜明けを迎える直前の時間。まるで国全体が緊張に包まれているかのような朝だった。

儀式の観覧席には、神官たちと王族、貴族たちがずらりと揃い、重苦しい沈黙が支配していた。


王宮庭園の聖なる場所とされている区画。そこに儀式のための祭壇が据えられている。


祭壇には、星の力を解放するための女神の笏と、神託を書き留めた羊皮紙。それらを置くための小さなテーブル。美しく飾られた花々。そして、聖女が立つ丸い台座。

その全てが、聖なる光を放っていた。


神官長が一歩前に出る。


「これより、星の聖女による、厄災回避の儀を執り行う」


国王が立ち上がり、声を張る。


「アニエス・グラム。そなたは女神に、この国を厄災から救う力を授かった。その力を今、我が国のために示せ」


アニエスは小さく頷き、祭壇の前へと進み、台座の上に立った。

純白の衣装の裾が床を滑り、長く編まれた金髪が揺れた。

神官長は彼女に厳かな動きで女神の笏を手渡した。


(大丈夫、大丈夫。私は、本物。女神様は、私に力をくれる――)


彼女は女神の笏を握りしめ、祈るように目を閉じて、力を込める。


神官長が詠唱を始めた。


……何も起きない。


もう一度、強く念じるようにして振ってみる。


……やはり、何も起きない。


アニエスの顔が、見る見るうちに青ざめる。


「……ど、どうして……?」


近くにいた神官が彼女に近寄り、辺りに聞こえないように声を潜めて言う。


「アニエス嬢、そのまま続けてください。練習の時にやっていた動作をすれば、それで問題ありません。星印の力を放出している体で、笏を天に向けるのです」


「え……そんなこと……で、できない……」


何かあったのかと、観覧席にはざわめきが広がり始める。

パニックを起こしかけているアニエスに舌打ちし、国王が神官長に指示を出す。


「神官長。……もうひとり、呼べ」


引きずるように祭壇に連れてこられたレティーナは、神官長から無理やり笏を持たされた。

広場の空気が、まるで氷のように冷える。


レティーナが笏を振る――


瞬間、光が弾けた。星屑が空にまで舞い上がり、眩い光輪が彼女の背後に広がった。


それはまさしく、祝福の証だった。


その光に、言葉を失う人々。


国王、王妃、宰相、公爵夫妻、子爵夫妻、神官たち、他の貴族たち、騎士たちも……誰もが信じられないという顔をして黙り込んだ。


(――やはりこの娘が、本物だったのだ)


神官長が眼前で女神の御業をみて震え出した。


「……これが、神の祝福……」


レティーナは何も言わず、ただ笏を下ろし台座の上にいるアニエスに渡した。


アニエスの表情が引きつる。レティーナと同じように笏を振ってみた。


(どうして……どうして光らないの?)


「もう一度……! 星印に力を込めれば……」と小さく呟き、笏を強く握りしめる。


だが――


その瞬間、バチッと鋭い火花が走り、笏がアニエスの手から弾け飛んだ。


「きゃっ――!」


彼女の悲鳴と共に、白い儀式衣の袖が裂け、左手の甲から黒い煙が立ち上る。

星印の刻まれたその肌が、焼け焦げて、醜く変色していた。


「アニエス――!」


王妃が悲鳴を上げる。グラム子爵は顔色を失い、夫人は立ち上がった。

アニエスは呻き声を上げながら、台座の上で崩れ落ちた。


意識を失い、白目を剥いたまま。


「医師を――!」

「早く台座から担ぎ出せ!」

「こんなことが……あり得ない……!」


慌ただしく、侍女と子爵家の従者たちがアニエスの体を担いで儀式会場を後にする。

その姿は、輝かしいはずだった“星印の聖女”の、無惨な末路を象徴していた。


そこには、まだ焦げた匂いと、誰も言葉にできない確信だけが残されていた。


神官長の声が震える。


「……儀式をする資格があるのは……女神の星印を持つレティーナ嬢です……」


誰も否定しなかった。



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