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20 星印の聖女の決定

それまで秘されていた神託。

王家と貴族それに大神殿の一部にしか知らていなかったその文書が、何者かによって外に持ち出され、王都の祈祷所掲示板に貼られていた。誰がやったかはわからない。


最初は熱心な女神信者が見つけるだけだったが、すぐに口伝えで広まっていく。


「今年の4月1日に空から炎の矢が降る」

「星印の聖女が儀式をしないと、国が滅びる」


民衆は騒然となった。


「国を救う聖女はもう判明したのか?」という不安と、

「国は本当に大丈夫なのか?」という恐怖。


市場は混乱し、礼拝堂には人が殺到し、噂が噂を呼ぶ。


翌日には、広場の噴水前に人が集まり、神託について叫ぶ者が現れた。


「このままでは空から炎の矢が落ちてくるぞ!」

「女神は、我らを罰すると言っているんだ!」

「あと一月後だぞ!」


やがて、商人たちは店を閉じ始め、あちこちで引っ越しの準備が始まった。

各地の祈祷所では民が押しかけて「聖女の名前を教えてくれ」と詰め寄る事態に。


大神殿の奥では、緊急の会議が開かれた。

神託を知っていた神官たちは、顔を引きつらせながらこう囁き合う。


「誰かが神託を写して外に持ち出したのか? あれは鍵がかけられた書庫で厳重に保管されていたはずだ」

「まさか、あの文がここまでの力を持つとは……」





揺れる燭台の灯が、報告書を照らし出す。


「ありえない……これは、ただの見間違いだ。そうでなくてはならん……!」


手に汗をにじませながら、神官長は自分に言い聞かせる。

これまで積み重ねてきた判断、それに伴う行動――それを否定することは、自らの存在を否定するに等しい。


「星の聖女選び”の儀式で私は見たのだ。白き光に包まれたアニエス嬢の星印を……」

「……だが、なぜ、今、あの娘の聖印は死んでいるのだ……?」


記録係から届けられた報告書には、アニエスの印は変化なく、レティーナの印が変化していると書いてあった。


最初は無視した。だが、複数の神官たちが同様の報告を上げてきた。

この期に及んで、無視できない数になっている。


「間違いなど、あってはならない……しかし!」


神殿の長として、秩序を守る者として、

何よりこの国の運命を背負う立場として。


「なんとしても、アニエス嬢に儀式を成功していただかねば」


だが、ふと。

レティーナが神殿に来た際に、入り口で神官に追い返されていた姿が脳裏をよぎった。


細く、震える肩。黙って俯いていた顔。あの時彼女は、どうしても女神に祈りたいと言っていた。


対するアニエスは、神殿内で女性神官たちとお菓子を食べながらレティーナを笑っていた。


果たして、女神はどちらを聖女として選ぶのだろう?


「……私は……間違えたのか……?」


その瞬間、神官長は心に二つの相反する声を抱えて愕然としていた。





重厚な扉が閉じられた奥の間、王、王妃、神官長、宰相が顔を揃えていた。


神官長が、神託の写しを広げて言う。


「……左手の星印、12月24日生まれ。そして、秘伝書に書かれた『星印は精神の成長と共にその輝きを変化させる』、この条件にすべて当てはまるのは……やはり、レティーナ嬢でございます」


一瞬、沈黙。


だが、国王は眉をひそめて即座に言い放った。


「欠けた星印の輝きが変化したとしても、それがなんだというのだ。聖印は完全であることが、女神の選んだ聖女である証だろう。第一、欠けた星印など、儀式をするのに見栄えが悪いではないか」


王妃も頷く。


「確かに、儀式は大勢の参加者や見物人が見ています。見栄えは大切でしょう。儀式は完璧な星印でして欲しいわ。

それに、レティーナは愛想もなく、あまり光を感じないのよ。アニエスの方が、人々を惹きつける光があると思うの」


神官長は渋い表情を浮かべる。見栄えなど関係ないと言いたいが、王の言葉に背くことはできない。儀式が失敗した時の国のダメージは計り知れないというのに。


「ですが、儀式の成否は、国の命運を――」


「馬鹿げている!」


王が言葉を切る。


「神託の文言など、何かの比喩ではないのか? すべては解釈次第だろう。女神が炎の矢を降らせるなど、本気で信じているのか? あとひと月を切ったというのに、なんの兆候もないではないか」


王妃も苦笑する。


「そうね。過去に一度でもそんな厄災が起きたかしら?」


神官長は口をつぐむ。否定はできない――過去の記録に、そんな天罰はなかったのだ。


「たとえレティーナが星印の聖女だったとしても、我らが星印の聖女として選び、育ててきたのはアニエスだ。アニエスもそのように振舞っている。今さらそれを覆せば、神殿も王家も信頼を失うだろう。もう後戻りはできんのだ」


国王の言葉に、隣で王妃が小首を傾げる。


「神官長、仮に儀式が失敗したとして、失敗したことは、どうやってわかるの?」


神官長は息を呑んだ。


「それは、空から炎の矢が飛んできたことによって、だと思われます」


国王が膝を叩いた。


「それなら大丈夫だな。空から炎の矢が飛んで来ることなどありえないからだ。よし、儀式は予定通りアニエスで行う」


その一言が、場の空気を決定づける。


宰相が、頷くことで同意を示し、神官長が震える声で言った。


「……では、儀式の聖女は……アニエス嬢で決定ということで……」


「陛下。民を静めるために陛下のお言葉が必要です。『星印の聖女は既に見つかっている』と民衆に宣言してください。各祈祷所にも通達を。それぞれの祈祷所に来る信者たちに、そのこと広めさせましょう。それで一応、民衆に広がった混乱も収まるかと」


宰相が力強く言い、話し合いは終わった。




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