2 二人の赤ちゃん
王国の暦で星導歴123年、春のこと。
国にあるすべての神殿では、三日三晩にわたり、聖女を見つけるための儀式が執り行われていた。
前年の12月24日に生まれた女の赤ちゃんは、皆、決まった日に神殿へ連れてこられ祝福を受ける。
王族も、貴族も、平民も、その立場に関係なく“星の聖女選び”の儀式を受ける義務があるのだ。
十年前の新年に女神の信託が降ろされた。
☆
星導年141年4月1日。空に炎の矢が降り注ぐ。
国は燃え、建物は倒壊し、人々は逃げ惑うだろう。
だが、悲観することはない。
女神が選んだ聖女が12月24日に誕生する。
聖女を見分けるには、聖水を用いその左手を見るがよい。
あなた方はそこに女神の星印をみつけるであろう。
星導年141年4月1日、夜明けとともに。厄災回避の儀式を行え。
星印を持つ聖女がその儀式を成功させることができれば、国は救われ繁栄する。
☆
この信託は一部分しか、民衆には開示されていない。全文を公開すると、国に混乱を引き起こす怖れがあるからだ。
したがって、民衆には、後半の一部分、『星印を持った聖女が12月24日に誕生する』ということしか知らされていなかった。
そして、その赤子は、いまだ発見されないまま、今日に至っている。
聖水をかけて星印が女児の左手に現れたなら──その子は、女神の加護を持つ“星印の聖女”として、国の未来を明るいものにすると民衆の間では信じられている。そして、それはあながち間違いではない。
その赤子を発見する歴史的瞬間に立ち会おうと、今日も、多くの観衆が観覧席にひしめいていた。
家族が緊張の面持ちで見守る中、次の赤子が神官の腕に抱かれ、儀式の場に連れてこられた。
「エルネスト公爵家レティーナ嬢です」
観衆に期待が広がった。
エルネスト公爵家──代々王家に忠義を尽くし、政務にも軍事にも大きな影響力を持つ名門。
その第一子となれば、誰もが注目する存在だ。
もしかしたら、この子に星が現れるかもしれない──人々はそう思っていた。
神官が赤子の手の甲に聖水を垂らす。
神殿の高天井に浮かぶ星が、かすかに光を帯びる。
そして、その瞬間。
赤子の左手の甲に、淡く、ぼやけた光の星が浮かび上がり始めた。
見守る人々の中に、緊張が走った。
手の甲に、金の聖なる星が現れたのだ。
だが、すぐに観衆のどよめきが、落胆のため息に変わった。
星印が形作られている途中で、その動きが止まったからだ。
星の形には見えるが、角が欠け完ぺきな星ではない。
「……不完全、です」
神官の静かな声に、場が静まりかえった。
しばらくして、誰かが舌打ちをした。
その音が引き金になったかのように、神殿のあちこちから残念そうな声がこぼれる。
「公爵家なのに……」
「期待してたのにね……」
「やっぱり星は身分じゃないんだな……」
赤子の母、エルネスト公爵夫人は、その声を聞きながら硬直した顔で娘を受け取った。
彼女の腕の中で、レティーナと名付けられた赤子は、ただ静かに眠っていた。
──だが、この後、場の空気は一変する。
「次、グラム子爵家アニエス嬢を」
名が呼ばれ、神官が新たな赤子を抱き上げた。
聖水が左手に垂らされると、まばゆい光を放ち、左手の甲に美しく完璧な形の聖なる星が浮かび上がった。
「これは……完全なる星印……!」
「女神が選んだ子……!」
神官たちがひざまずき、口々に称える。
聖堂中が喝采に包まれる。
その赤子──アニエスは、穏やかに目を閉じたまま、小さな手を天へと伸ばしていた。
人々は、その手がいつか国を救うと信じて疑わなかった。
……そして、その光が祝福されればされるほど、影は深く、冷たくなる。
偽りの星を持つレティーナは、ただそこにいるだけで、偽りの子として扱われ始めていくのだった。