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19 したいことリスト☆大声で叫んでみたい ──きっとすっきりすると思うから

夜、王宮の廊下を静かに抜け、レティーナはルシアンのあとをついて歩いた。

外は雪が降っていて、街も庭も白く覆われている。けれど、ルシアンが連れてきたのは、王宮の一角、高台にある誰も来ない古い見晴らし台だった。


「ここなら、誰にも聞こえない。好きなだけ、叫べるよ」


レティーナは少し目を見開き、笑った。


「ほんとに?」


ルシアンは頷いた。


「叫んでみたいんだろう? 声にして、胸の中のものを追い出すと、心が軽くなるかもしれない」


彼女は石の縁に立ち、雪に足を取られないようそっと支えてくれるルシアンの手を感じながら、抜けるような空を見上げた。


レティーナは、大きく息を吸った。


「ルー! いつもありがとうぅううううううう!」


「ケーキ、おいしかったぁああああああ!」



声が空に吸い込まれていく。天に響いて、どこまでも、どこまでも、まっすぐに。



「わたしの聖印だって、聖印なんだぞぉおおおおおお!」


「私だって、怒るんだからぁああああああああ!」



もう一度叫ぶと、胸の奥が熱くなって、頬も熱くなって、涙が浮かんで、視界が滲んだ。

ハンカチを差し出されたので、彼女はそっと彼を見上げた。


「……ごめんなさい、変なこと言って。でも、すっきりしました」


「変じゃないよ」とルシアンは優しく微笑んだ。


「君の絶叫は、とてもよかった。ちゃんと、届いていたよ」


「誰に?」


「女神と僕に」


レティーナは息を詰め、それから小さく笑った。



レティーナが気が済むまで叫び終わったあと、しんとした雪の空気に少しの余韻が残った。


「すごく気持ちよかったです。ほんと、すっきりしました。でも、……声が出にくくなりました」


彼女は気まずそうにかすれた声で言って、照れた様に笑った。


ルシアンは隣で笑いながら、空を見上げた。



「……じゃあ、僕もいいかな」


「え?」


「僕も叫んでみたい。……ちょっとだけ、日頃の鬱憤を」


レティーナが笑いながら頷いた。


「ええ、もちろん。どうぞ、ルー」


ルシアンは真剣な顔で、手を口に添え、思いっきり叫んだ。


「仕事の量を減らせーーーッ!」


レティーナが吹き出す。


「……弟よ、もっと仕事しろーーーッ!!」


「ぶっ……!」


彼女は堪えきれずに笑い出し、その笑い声が雪の空に舞った。


「ルー、それはあんまりです!」


「でも本音だよ。毎朝書類の山に埋もれて目が覚めるんだ。目覚めが最悪だ」


「それは可哀そう……!」


ルシアンもつられて笑った。二人の声が白い夜に響き、遠くまで届いていく。


やがて笑いが収まり、レティーナがぽつりと呟いた。


「……ルー。なんだか、心が軽くなった気がします」


「うん、僕もだ。声に出すって、大事なんだね」


「ありがとう、ルー。こんな雪の日の出来事、きっと忘れない」


ルシアンは彼女の手をそっと握った。


「そうだね。忘れないで欲しい。君と二人で過ごす、とても幸せな日だから」


雪が舞い降りる中、二人はしばらく無言で並んで立っていた。





王宮の回廊。人通りの少ない中庭へ続く廊下。


アニエスは護衛の目を盗み、ただひとりで歩いていた。

雪の舞い散る中、乱暴な足音を響かせながら。


壁の隅、窓のない薄暗い場所で、彼女は突然立ち止まった。

唇を噛み、震える声で呟く。


(なんで……なんで、あんな子が……。なんで、お茶会で王妃様の隣に座るの? なんで国王様はあんな子に話しかけるの?)


感情が破裂するように、アニエスは叫ぶ。


「私のほうが皆に好かれてるし、可愛いのに!

完全な聖印もあるのに!

私こそが、女神様に選ばれた存在なのに! 

あんな子死んじゃえばいいぃいいいいいいーーーーっ!」


手で柱を殴り、足で蹴る。


その声は、誰もいないと思っていた廊下の奥、柱の陰にいた若い神官の耳に届いていた。


目を見開き、息を呑む神官。

彼は気づかれないように、そっとその場を離れたが、口にはせずとも、心に深く残った。


「……あの行動は、女神に愛される人のものではない」





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