17 したいことリスト☆王宮のシェフが作った新作ケーキを食べる
その日、ルシアンに手を引かれて案内されたのは、王宮の西棟にある小さなサロンだった。
「……これ、全部……ケーキですか?」
レティーナは思わず息を呑んだ。
テーブルいっぱいに並んでいるのは、まるで宝石のように美しいケーキたち。
金箔の飾りがきらめくチョコレートムース、苺のグラサージュがかかったショートケーキ、ほんのり温かいフルーツタルト、ラズベリーと白ワインのジュレに飾られたプリンケーキ。
甘い香りがそっと鼻腔をくすぐる。
「レティの“したいことリスト”に“王宮シェフの新作ケーキを食べたい”ってあったよね」
ルシアンは、少し得意そうに微笑んだ。
「今日のために、厨房のシェフたちに、『レティーナのための新作ケーキを作ってくれ。カップケーキ以外の』と頼んでいた。まだ誰の口にも入っていない。君が最初のお客さまだ」
「……私が?」
「うん。レティはこの王宮に来てから、ずっと同じカップケーキばかりだったんだろ? どれでも、好きなだけ食べてくれ。もちろん、全部食べてもいい」
レティーナは一歩、テーブルに近づく。
慎重に手を伸ばして、小さなフルーツのタルトを皿に取った。
ひとくち口に入れると――優しくて、香ばしくて、少しだけ涙が出そうな味だった。
「……おいしい」
「それはよかった」
ルシアンはふっと目を細める。
「でも、君が喜んでくれる顔の方が……ずっとおいしそうだ」
レティーナは思わず顔を赤らめる。そして、微笑んだ。
「ルーも一緒に食べましょうよ。二人で食べる方が絶対においしいです」
「それは、そうだな。僕も甘いものは好物だから一緒に食べよう。そうだ、食べ終わったら、庭園に行き、花をつもうか。レティの部屋に飾れるように」
そう言って、ルシアンは彼女の隣に座り、二人だけのティータイムが始まった。
◇
【王妃の迷い】
謁見の後、玉座の間を出た王妃は、侍女の差し出すティーカップに手を伸ばしながら、ふと動きを止めた。
「……」
小さくため息をつき、窓の外に視線を向ける。
庭園で花を摘んでいるレティーナが見えた。隣にいるのは息子のルシアンだった。 二人とも笑っている。いかにも楽しそうに。
王妃は目を細める。
「最近……レティーナは、変わったわね。ルシアンも同様に」
呟いたその声は、温かさでも冷たさでもなく――戸惑いと、ほんの少しの迷いを孕んでいた。
近くに控えていた年配の侍女が、そっと口を開いた。
「レティーナ様は明るくなられただけでなく、はっきりと物事を言われるようになりました。そのせいでしょうか。……この頃、使用人たちの間でも、いろいろと囁かれているようでございます」
「なんて?」
「レティーナ様に聖女のような威厳が出てきたと。それに、いつも無表情だったルシアン様も表情が豊かになられました。ふたりは女神様が選んだ一対のようだ、などと言っている者もいます」
「一対?」
王妃の手がピクリと動いた。だが、何も言わず、静かにカップを持ち上げた。
長い沈黙を破り、言葉がこぼれ落ちた。
「確かに、ルシアンとあの娘はよく似合っているわ……アニエスよりも」
それは、初めて「迷い」が彼女の中に差し込んだ瞬間だった。