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16 したいことリスト☆ピクニックに行きたい──クッキーを食べながらおしゃべりしたい

温室の扉を開けると、ほんのりとした湿った空気がレティーナの頬を撫でた。

外の冷たい空気と打って変わって、ここには別の季節が広がっていた。


色とりどりの花々が、昼の光の中でやわらかく揺れている。

一際大きな木の傍らには、赤い敷布と毛布が用意され、バスケットからは甘い焼き菓子の香りがふんわりと立ち上っていた。


「素敵な場所にお招きいただき、ありがとうございます」


レティーナの声に、ルシアンが、温室の奥から歩み寄ってきた。


「寒かっただろう? でも、ここなら少しは春の気分を味わえると思って」


レティーナは、改めて当たりを見まわし、しばらく言葉を失った。

ここまで、沢山の種類の、そして色とりどりの花を見るのは初めてだった。

こんな素敵な場所に招待してくださるなんて、さすがは王太子様だわ、とレティーナは感心した。


「……こんなにたくさんのお花。まるで、春がここだけにやってきたみたいですね。王宮にこんな場所があるんなんて知りませんでした」


「ここは王族専用の温室なんだ。君の“したいことリスト”にあっただろう? 『よく晴れた日にピクニックに行ってみたい』って。ここは冬の日のピクニックにもってこいだなって思ったんだ」


そう言ってルシアンは、隣に座るように促した。レティーナは、椅子の近さに戸惑いつつも、彼の隣に座った。


「君はあまりにも幸せを知らなすぎる。それは、この王宮に君を引き取った王家の責任でもあり、君を育てた家族の責任でもある。もちろん、自分の婚約者候補に気を配らなかった僕の責任でもある。

レティ、僕は、君に幸せというものを知ってもらいたい。

僕たちが平和にできる時間は、……長くはないかもしれない。だったら僕は、その限られた時間の中で、君の“したいこと”すべてを叶えてやりたい」


「“ピクニックに行きたい”を叶える…」


レティーナは目を伏せ、息を大きく吸ってゆっくり吐き出した。


幼いあの日。家族全員が馬車に乗り込み、楽しそうにピクニックに出かけて行った。自分だけ置いて行かれ、ぽつんと一人で家にいたあの日。

そして、今日。家族でもない人が私のために、こんな色とりどりの花が咲く場所に連れて来てくれた。これが、憧れのピクニックでなくてなんなのだろう。


目を開けると、少し心配そうにこちらを見詰めているルシアンがいた。


「……本当に、夢の中みたいです。でも……この夢からは、まだ醒めたくないな」


彼は微笑み、バスケットを開いた。


「クッキーは、厨房に特別に焼いてもらった。一緒につまみながらおしゃべりをしよう。君が好きだって言っていた、香りのよい紅茶もある」


湯気の立つカップを手渡され、レティーナはそっと口をつけた。

ふくよかな香りが、体のすみずみに染み渡る。


その時間が、レティーナにとって初めての“ピクニック”であり、そして最後の“春”となるかもしれないことを、二人は口にはしないままでいた。





古い神殿の地下にある書庫の一角。蝋燭の灯りが揺れる中、既に隠居していた前神官長エルマンは門外不出の秘伝書を広げていた。


「聖女の証である“星印”は、精神の成長と共にその輝きを変化させる。真なる星印は静かに“神の声”に呼応する」


彼は静かに本を閉じ、ため息をつく。

目の前の報告書には、アニエスの聖印が「光を失い、それ以降、変化していない」と記されていた。


傍にいた若い神官がぽつりと口にした。


「そういえば……レティーナ嬢の星印。最近、少しだけ色が濃くなったように見えたのですが――気のせいでしょうか」


老神官はゆっくりと顔を上げる。

蝋燭の火が彼の眼鏡に反射した。


「……いや、気のせいではないだろう。

沈黙を守ってきた“女神の声”が……ついに語り始めたのかもしれん」



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