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15 したいことリスト☆誕生日に「おめでとう」と言ってもらう☆愛称で呼ばれる

楽しいひとときを終え、ルシアンは立ち上がった。


「君と過ごせて楽しかった」


「殿下。こちらこそ交流していただき、ありがとうございました」


レティーナが、控えめに礼をする。どこか少し寂しげな微笑みが浮かんでいる。

彼は開かれた扉の前で動かず、少しだけ振り向いた。


「レティーナ」


名前を呼ぶその声は、優しさを含んでいる。


「はい?」


レティーナは少し驚いたように彼を見上げる。


「今日が、君の……誕生日だということを、忘れてはいない」


彼の声は、普段の冷徹なものとは違って、躊躇しているように響いた。レティーナの目が瞬きを繰り返し、彼の言葉を待つ。


「君のしたいことの1つに “誕生日におめでとうと言ってもらう”というのがあったな。それをさっそく実行してみたい。あとで、花束を持って君の部屋を訪ねていこう。新しく用意された部屋で待っていてくれ」


彼は小さく笑みを浮かべ、少しの間をおいてから言葉を続けた。


「君があまりに我慢強いから、誰も君が誕生日にこんなに寂しい思いをしているのだと、気づいていなかったのだろうな」


少しの間、レティーナの瞳は揺れていたが、すぐに表情を戻した。


「ありがとうございます、殿下。でも、私は……」


ルシアンがすっと手を上げ、彼女の言葉を遮る。


「誕生日おめでとう、レティーナ。後でまた会おう」


その言葉に、レティーナは驚いたように目を見開いた。

ルシアンは開かれた扉の先に進む。

今度は歩みを止めることは、なかった。





ルシアンと別れた後、レティーナは新しい部屋の窓辺に座っていた。


「本当に来てくれるのかしら……」


誰に言うでもない呟きが、静かな空気に溶けていった。


新しく用意された部屋は、豪華ではあるが豪華すぎず、広い部屋だが広すぎず、品の良い調度が美しく配置され、彼女にとっては夢のように居心地の良い空間だった。


窓の外を見ながら、物思いに耽っていたら、扉を叩く音が聞こえた。


どこか力強いその音に、レティーナは小さく息をのむ。


「……どうぞ」


扉が静かに開き、そこに立っていたのは、予告どおりのルシアンだった。


手には大きな花束と、小さな籠を携えて。

金色の髪に青い瞳のその人は、絵本で見る憧れの王子様そのものだった。


「来てくれて……ありがとうございます」


レティーナの声は、少し緊張していた。

ルシアンは微笑みながら、花束を差し出す。


「お誕生日、おめでとう。レティーナ。生まれてきてくれてありがとう」


初めて言われた言葉が、胸の奥深くにまで響いた。

レティーナは両手で花を受け取った。

甘い花の香りと花束の重量感に、思わず涙がこぼれそうになる。



「……ありがとうございます、殿下」


「ルシアンでいい。さあ、君のための誕生日を一緒に祝おう」


ルシアンはケーキをテーブルに置くと、蝋燭を立て、火を灯した。


「願い事は?」


「素敵な誕生日会になりますように」


ふたりは並んで座り、レティーナはろうそくの火を吹き消した。

丸いケーキを半分に切り分けた。

その甘さは、レティーナにとって、人生で初めて味わう“幸福”の味だった。



「レティ」


「……!」


「レティ。このリストの最後、愛称で呼ばれてみたい。これは今叶ったぞ。これも消せるな」


レティーナの頬に、僅かな赤みが差した。


「では、ルシアン様。ルシアン様も今夜は愛称で呼ばせてください。ルーって」


「今夜だけじゃなくていい。君が呼びたいなら、いつでも」


「ありがとうございます、ルー」


「それでいい。だが、これは想像以上に照れるな」


ルシアンの頬にも赤みが差した。二人は顔を見合わせて笑った。



――この日は、後に彼女が振り返るとき、「幸せの始まり」として、静かに心に灯り続けることになる。





その頃神殿では、聖女偽物説がひっそりとささやかれ始めていた。


 「アニエス様は女神がお作りになった“ダミーの聖女”かもしれない。本物はレティーナ嬢では?」

 「女神は、本物を見抜ける目がある者とない者とを、選別されているのかもしれないぞ」


神官たちは怯えたように互いの顔を見合わせた。



少数の神学者や歴史学者たちの中からも、新たな意見が出始めた。


 「試練を乗り越えた者こそ、真の聖女に選ばれるのではないだろうか? 歴代聖者たちは、全員逆境を乗り越えたではないか」


といった意見だった。

 


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