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14 したいことリスト作成

お茶を一口飲んで、ルシアンは微笑んだ。


「それは君の自由だ。好きにすればよい。儀式をすれば力を使い果たし、死ぬかもしれない。儀式をしなければ、国に厄災が降り注ぎ、やはり死ぬかもしれない。

酷いことをいうが、どちらにしても、君の生き残る道は険しいようだ。

君が謁見の間で言った通り、アニエス嬢が本番では力を出せるといいのだが――僕はその可能性は低いと思う。

……だからせめて、残された三ヶ月くらいは、君に幸せを感じて欲しい。そう思って、君と話をしに来た」


「まあ! 殿下が私の残された時間を幸せなものにしてくださるのですか?」


レティーナがルシアンをからかうように手を叩いた。


「そのつもりだ。何か、したいことはあるか? 何でもよい。予算を気にせずに考えてくれ」


「したいこと……そんなこと、初めて聞かれました。

少なくても、これからは我慢せずに言いたいことはすべて言おうと思っています。さっき、謁見の間で暴れたら、私の中の何かが壊れちゃったみたいです。もう怖いものはなくなりました」


「それはいいな。言いたいことを言う。それから?」


「それから……」


そう言いながら、目の前のカップに手を伸ばす。


紅茶を口に運ぶと、飲んだことのない美味しさに、目を見開いた。

ルシアンと一緒にいると、こんなにおいしい紅茶が飲めるなんて――ちょっと得した気分だわ。

レティーナの口元がほころんだ。


「そうですね。私だって、一度くらい幸せな体験をしてみたいです」


「例えば?」


レティーナは過去を思い出しながら、夢見るように語り出した。


「……例えば、よく晴れた日にピクニックに行ってみたいです。クッキーをつまみながら、皆でおしゃべりすると楽しいでしょうね」


「うん、それから?」


「誰かに『誕生日おめでとう』って言われてみたいな。一度も言われたことがないんです」


「そうか、それから?」


「綺麗なドレスをプレゼントされたら、一体どんな気分なのかしら? 家から定期的に贈られてくるドレスは、公爵家の体面を保つためだけに用意されたドレスなんです。

豪華なものでなくて、可愛くて明るい色のドレスがいいな。そして、それを着て舞踏会に行くんです。素敵な王子様とダンスもしてみたい。私、ダンスは踊れるんですよ」


「王子様? 僕のこと?」


レティーナは頬を赤らめた。


「申し訳ありません。王子様って一般的な王子様を言っただけで、決して、殿下のことでは…」


「からかっただけだ、それから?」


「それから、王宮シェフの新作のケーキを食べてみたいです。せっかく王宮に来たのに、いつも同じ杏子のカップケーキばかりじゃつまらないもの」


楽しそうに語っていたレティーナだが、その表情はふと陰り、悲しみに染まった。


「こんなこと願って……馬鹿みたいですね」



後ろで待機していたメイドたちが考え込むように視線を下げたことに、レティーナは気づいていなかった。



「馬鹿みたいではない。一緒にひとつずつ叶えていこう。僕だって執務室に籠ってばかりで、楽しいことなんてほとんどなかった。最後の三ヶ月くらい、一緒に羽目を外すのもいいな。よし、リストを作るか。紙に書いてみよう」


ルシアンは、使用人に紙とペンを頼んで、レティーナの前に置いた。

レティーナはしばらく眺めてから、ペンをとり、丁寧な字で書き始めた。



☆誰かに『誕生日おめでとう』って言われてみたい。

 ──私が産まれたのって、おめでたいことなのかわからないから


☆晴れた日にピクニックに行きたい

 ──皆でクッキーを食べながらおしゃべりしたい


☆王宮シェフの作った新作ケーキが食べたい

 ──いつもの杏子のカップケーキじゃないものを


☆綺麗なドレスをプレゼントされてみたい

 ──それを着て舞踏会へ行く。素敵な王子様とダンスもしてみたい


☆大声で叫んでみたい

 ──きっとすっきりすると思うから


☆愛称で呼ばれてみたい

 ──できれば私も呼んでみたい



「出来たわ!……なんだか、夢みたいなことばかりですけど」


レティーナはそう言って、ペンを置いた。


「夢でいいじゃないか。夢を並べるのが“したいことリスト”なんだから。」


ルシアンは笑って、レティーナの書いた文字を眺めた。



「こちら、王宮シェフの新作ケーキでございます」


二人の目の前に、美しいケーキが運ばれてきた。



見上げると、それはいつも、レティーナを無視して、アニエスに新作ケーキを勧めていた給仕メイドだった。

さっきの話を聞いて持ってきたのだろうか。王太子であるルシアンと一緒にいるから、こういうことが起こるのだろう。


レティーナの表情は険しくなった。


「いらないわ。いつものようにアニエス様にお持ちになれば? 私は“幸せな体験”がしたいだけで、あなたに施されたいわけじゃないの」


給仕メイドが気まずそうにケーキを下げて消えたと思えば、今度は慌てた様子でシェフ本人がやってきた。


「申し訳ありません、私のケーキがお気に召しませんでしたか?」


「ああ、あなたがいつも“麗しの聖女アニエス様へ”ってチョコレートで飾り文字を書いていたシェフね?」


「あ、それは……」


「あなたのケーキなんて食べたくないわ。だって、あなたは“アニエス様専用シェフ”なんですもの」


ルシアンがやや呆れたように言った。


「レティーナは……こんなことにまで、嫌がらせを受けていたのか」


シェフは慌てて頭を下げ、手を振った。


「いえ、私は決して、嫌がらせなど……」


「君たちは、この国が滅びる原因の一部だな。ケーキを作れる者は君でなくても他にいる。君たちはこのまま、アニエス専用の使用人として働くといい」


シェフと給仕メイドたちは青ざめた顔で、そっとその場を立ち去った。


ルシアンの指示でメイドたちの入れ替えがあり、その後は楽しい時間を過ごしたのだった。






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