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11 言いたいことは言うと決めた日

レティーナは、思ったより力を使い、まともに立てず、足下をふらつかせていた。

女神の笏を使ったあの瞬間、全身の力が抜け、視界がかすんだ。

ふらふらしている彼女のもとへ、誰よりも早く近づいたのは神官長だった。


「……体力の消耗が激しい。星印の力が、大きく生命力を削るのか……。

この分だと、本番の儀式は聖女にとって、命懸けのものになるでしょう」


彼の戸惑う声に、周囲がざわめいた。


それでも、国王は言った。


「レティーナ。お前に、この国を滅亡から救う力があるというのならば、その力を国のために使え」


王妃も静かに続いた。


「あなたが、本物の聖女だったの? そうであれば、この国の未来のために力を貸しなさい」


宰相が口を挟む。


「厄災除けの儀式は、来年の4月1日、そう遠くない日です。その日に貴女の力が必要なのです。星印の聖女であればルシアン殿下の妃となり、未来の王妃として迎えられます。家の誉れとなりましょう」


公爵である父が、喜びの声を上げた。


「早く返事をしなさい、レティーナ。さすが、我が娘だ。我が公爵家の名誉のためにも、今こそお前の力を尽くせ」


レティーナは、ゆっくりと顔を上げた。疲れの色が濃くにじむ目で、玉座に座る国王を睨んだ。


彼女は自分の中で、たった今、何かが切れた音を聞いた気がした。



「いいえ、陛下。私には国を救う力なんてありません。だって、私の星印は不完全で、皆さまがいつもおっしゃっていたように、私は役立たずなんですもの」


広間にいた一同は息を呑んだ。レティーナは、次に王妃を睨んだ。


「それに王妃様。儀式用に用意されたのはアニエス様の衣装だけですよね? 王妃様手ずからご用意された、主役であるアニエス様によく似合う衣装と聞きました。私にはなんの衣装も用意されておりません」


怒りを抑えるようにして告げられたその言葉に、王妃の視線が揺れた。


「私は、この不完全な星印のせいで、王宮でずっと虐げられてきました。偽物の星印と呼ばれ、見下され、恥とまで言われました。

その私に、この星印を使って国を滅亡から救えと言われたのですか?」


彼女はそこで息を整えて、また続けた。


「ご覧になった通り、星印の力を使えば身体はひどく消耗します。この力を本番の儀式で使えば、私は命を落とすかもしれません。今さら都合よく、聖女として国のために力を使えですって? 王宮内の誰ひとり、私を大事にしたことなんてなかったくせに?」


その時、彼女の母親である公爵夫人が叫びながら歩み寄って来た。


「何様のつもりなの、あなたは!」


鋭い音が謁見の間に響いた。レティーナの頬が打たれていた。

母の手のひらが震えている。

それでも、レティーナは母を睨みつけたまま、顔を背けなかった。



「……こんな暴力まで振るわれて、私が命を懸けて国を守ろうとすると思うのですか?」


母親は、レティーナの迫力にたじろいだ。


「私に命を懸けさせるなら、せめて丁寧にお願いすべきじゃないんですか? 私を虐げるのが染みついてしまって、いつもの癖が出たみたいですね、お母様。

今まで、弟と妹ばかり可愛がって、私を無視していたあなたたちが、今さら『家のために力を尽くせ』などと言うなんて、ほんと、あなたたちこそ何様のつもりなんですか?」


王妃は凍りついたように黙り、国王は拳を握って俯いた。


「今日は私の誕生日ですが、私は、一度もあなた方から『誕生日おめでとう』と言われたことがありません。自分が生まれてきたことが、本当におめでたいことなのか未だにわからないのです」



公爵夫妻も何も言えず、ただ立ち尽くしていた。


最後に、レティーナは振り向いて、国王の隣に立っていたルシアンに目を向けた。彼だけは、何も言わず、ただそこに立っていた。


「アニエス様と結婚して、幸せになればいいわ。そうすれば、きっと、この国は繁栄するでしょう」


その言葉に、ルシアンの青い瞳がかすかに揺れた。だがレティーナは、それを見届けることなく、背を向け歩き始めた。



その時だった。


「おかしいわ、レティーナ様。なぜ、そんなことをおっしゃるの?」


にこにこしながら、アニエスが言った。


「だって、国のために命をかけるなんて素敵なことじゃない? あなたのご両親も、あなたが崇高な役目を果たすことを望んでいるのよ。なぜ、ご両親の愛がわからないの?」


レティーナは立ち止まり、半ば呆れてアニエスを見た。アニエスは可愛らしく肩をすくめて見せた。


「ごめんなさい。でも、レティーナ様があまり笑わないから、ご家族もどう接したらいいのかわからなかったんじゃないかと思って。つい口を出してしまったの。

本当は、ご両親もあなたに優しくしたかったって、私にはわかるのよ。だって、娘を愛さない親なんていないんだから」


皆が息を呑んで、二人の会話の成り行きを見守っていた。

アニエスはうっとりとした表情を浮かべて、胸の前で手を合わせて見せた。


「自分の命を捧げて国を滅亡から守るなんて……本当に素敵。女神様も、きっとあなたを祝福してくださるでしょう。そうよ、あなたは未来永劫、皆に尊敬されるんだわ」


レティーナは、アニエスを見つめ、そして静かに言った。


「素敵? じゃあ、あなたがそれをしてみせて。国のために命を差し出すことがそんなに素敵なら、あなたがやって。私はもう十分、踏みにじられた。もう国を救う気力なんてないわ」


そして、ちょっと考えて言葉を続けた。


「今日は、単なる予行練習だから、アニエス様は力が出なかったんだと思いますよ? 

アニエス様なら、私と違って、命を落とすこともないんじゃないかしら? だって、女神さまに選ばれた聖女様なのですから」


レティーナの言葉に、王宮の空気が変わった。


「それも、そうかもしれない」


誰ともなく、そう呟き、うなずく者が現れる。


「本物の聖女は本番でしか力を発揮できない、というのはあり得るな」

「さっきは、神官の詠唱がなかったからな。単なる練習に女神は力を貸さないのかもしれないな」

「確かに。正式な儀式でしか力は出ない、ということは十分に考えられる」


国王、王妃、宰相、子爵夫妻、そして貴族たち。次々とアニエスへの期待が伝播した。


「アニエス。やってくれるな?」


国王の言葉に、アニエスは一瞬、目を見開いた。


「え……」


「そなたは本物の聖女だと、いつも自分で言っていたではないか。そなたがレティーナに言ったとおり、その崇高な行為を女神様も祝福してくださるだろう」


「で、ですが……」



アニエスは顔を引きつらせた。

彼女が儀式で聖女の役目をしたくないと思っているのは、誰の目にも明らかだった。

だが、なんとしてでもアニエスに儀式をやってもらう必要があった。

アニエスは、さっきレティーナに言った自分の言葉の手前、断れなかった。


彼女の両親である子爵夫妻が、アニエスに圧をかけるようにじっと彼女を見つめた。アニエスは、ひどく怯えた様子で唇を震わせた。


「……わ、わかりました。私……やってみます……」


その声は小さく、か細かったが、謁見の間にいた誰もがそれを聞き逃さなかった。


次の瞬間、まるで待ち望んでいたかのように拍手の音が鳴り響く。


「よく言ってくれた!」


国王が高らかに言い放ち、王妃や宰相、公爵夫妻までもが満足げに頷いた。


レティーナはその光景をただ静かに見つめていた。


(まるで、茶番ね)


その手の中には、力を使った笏の温かい感触がまだ残っていた。




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