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「なにを内緒話をしてるんだ?」
話し込む俺とナリナの間に、ぬっとロクオが顔を差し込んできた。
「なんでもないよ」
ナリナがふいと顔をそらす。話のそらし方が露骨すぎる。ナリナは諜報活動に向いていないな、などと他愛もないことを考える。ロクオが怪訝そうに首をかしげる。俺は慌てて口をはさむ。
「ヤカイが意外とやるよなって話をしてたんだよ」
「ああ、そうだな」
ロクオは顎の下を撫でた。試合場の中央で、ヤカイが何とかライアの下から這い出した所だった。
「きれいに機を合わせてカウンターを入れていた。ありゃあ、なにかやってるな」
「ライアだってうすのろってわけじゃないぜ」
「知ってるよ。俺もこの間投げられそうになったからな」
そう言ってロクオは肩を擦った。機能の模擬戦で投げから抜けたときに軽くひねったと言っていたところだ。
「なんか、この班のやつら結構強いやつ多いよな」
「ヒーローになろうってくらいだから、戦い方齧ってる奴いても不思議じゃないだろ」
「まあな」
俺はさりげなく教練場に並ぶ皆を見回した。皆自信満々といった様子で自分の名を呼ばれるのを待っている。俺は壁に身体を預けて、できるだけまだ回復しきっていないように見えるようにした。オニルがハングラとコチテの名を呼んだ。二人は試合場で向かい合うと互いに礼をする。
意外なことにコチテもそれなりに模擬戦で優秀な成績を残していた。いかにもケンカ慣れをしていそうなハングラと互角に殴りあえるくらいには。
「まあ、俺はからっきしだけどよ」
俺は肩を竦めた。残念ながらそれは動かしがたい事実だった。幼いころにはコチテと一緒に通信制ヒーロー格闘術を習ったことはある。俺はすぐに飽きてやめてしまったけれども。続けていたらもう少し善戦できたのだろうか、とも思う。
「本格的な訓練をしたら、リュウトも強くなれるさ」
ロクオは俺の肩を叩くと俺に顔を寄せて笑った。頑丈な岩にひびが入ったような笑顔だった。
「俺も、最初は先輩にぼこぼこにされた」
「救いがあるね、まったく」
俺も笑顔を作って応える。空虚な慰めに聞こえた。ロクオは俺たちの班の中でダントツで強かった。一対一の模擬戦で負けたところは見たことがない。ふと、俺の頭に疑問が浮かんだ。
「なあ、ロクオ」
「なんだ?」
「でも、ロクオがヒーローより強いってことはないよな」
「なんだよ、いきなり随分だな」
「いや、じゃあ、本訓練ってどんなことするのかなって思ってよ」
確かにロクオは強い。でも、それはあくまで想像できる、人間の強さの範疇だ。俺が見てきたヒーローは――活劇だけじゃなくて、実際に見たヒーローは特に――もっととんでもなく強かったように思えた。文字通り、人間離れした速さとパワーを持っていた。
「ヒーローセンスとかの訓練じゃないのか。そういうのは君の方が詳しいだろ」
「訓練の様子とかは名鑑にも載ってないし、活劇にもならねえんだよ」
確かに、ヒーローセンスはヒーローをヒーローたらしめる重要な要素だ。超人的なパワーはもちろん、中には超常的な現象さえ発生させる謎の力。名鑑でも活劇でも、そのヒーローセンスの「現れ方」は説明されるけれども、それを「どのように身につけるのか」だとか、「どのようなものなのか」を説明されることはない。
ふむ、とロクオは腕を組んで唸った。
「それを知る方法は一つしかないだろうな」
「なんだよ」
「実際に訓練を受けること」
俺はロクオの顔を見た。ロクオはやけに真面目な顔をしていた。
「そりゃあ、そうだ」
俺はその神妙な顔がおかしくて、笑った。ロクオも笑い返してくる。
「だから」
ロクオの顔から一瞬笑みが消えた。
「真面目にやんねえとな」
「え?」
「ロクオ! リュウト! くっちゃべるくらいには回復したか! 次はお前らだ! 入れ!」
ロクオの顔を見返そうとした瞬間、オニル怒鳴った。
「はい!」
「はい!」
俺とロクオは弾かれたように立ち上がって叫んだ。
【つづく】




