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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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 俺の目の前には遊園地が広がっていた。動く者のいない、無人の遊園地。辺りには赤生錆びついた血の匂いが立ち込めていた。遊園地の広場の中央に、俺の主力ヒーローが倒れ伏していた。

 ヒーローチェスは思考眼鏡を使ったゲームじゃない。活劇みたいに直接五感に作用する訳でもない。極限まで抽象化された升目の陣地盤と、それぞれに機能の異なる駒があるだけだ。

 けれども、ある程度ヒーローチェスに親しんだ指し手には、単純な盤面の配置が風景として見えることがある。俺の目の前に見える遊園地は盤面の戦況が見せた幻影だ。

 戦況は劣勢だった。俺の部隊はジジクの先発隊を首尾よく撃破したものの、その隙を突かれ一番の大駒ヒーローが大破、随伴していた副ヒーローも負傷、なんとか撤収はできたものの、大きく戦力差が開いてしまう結果になってしまった。

「おとり作戦か」

「ええ、でも、まさか大駒しかし止められないとは思いませんでしたな。さすがは班長どのですね」

 鼻を鳴らす。ジジクの大げさな称賛の声が癪に障る。副ヒーローの生存は辛うじて成功したダメージコントロールでしかなかった。俺は盤面を睨む。血塗れの遊園地。巻き返せるビジョンは見えない。

 ギャラリーの視線を感じる。特にサルワとハングラが真剣に見ている。二人だって俺が不利な交換をしてしまったことはわかっただろう。俺は下で唇を湿らせて、盤面に目を戻す。

「つづけますかぁ?」

 考え込む俺に、ジジクが盤の向こうであおるように尋ねる。

「あたりまえだろ」

 俺は言い返す。でも、それは口でだけだ。本当はもう降参してしまいたかった。少なくとも相手がミイヤなら、降参して次の試合を始めていただろう。それだけ不利な状況だった。

 ジジクの顔を睨む。今は降参するわけにはいかなかった。そうするにはジジクに腹を立てすぎていた。あのすまし顔に一泡食わせる可能性があるなら、諦めるわけにはいかない。

「班長」

 カシュウが小声で俺の名を呼んだ。低く穏やかな声だった。

「落ち着いて」

「おっと、ヒーローチェス中の助言はお行儀が悪いですぞ」

 ジジクがぴしゃりと話に割り込んでくる。

「ああ、ごめんね。班長がなんか熱くなってるみたいだから」

「なるほど」

 ジジクは俺の顔を見て笑う。

「班長殿、たしかにあまり暑くなりすぎるのは、よくないですぞ。こんなのは所詮ただのお遊びなんですから」

「ああ、そうだな」

 俺はむっつりと答えた。ジジクの挑発めいた言葉に不機嫌になったように装いながら。

 本当はカシュウの言葉で、少しだけ頭の温度は下がっていた。ティルトしかけていた思考の速度を落とし、じっと盤面を見る。俺が倒したジジクの駒と、ジジクに倒された俺の駒、それに俺のヒーローを倒したジジクの駒をさりげなくそれぞれ見比べて、数える。

 そして奇妙な点に気がつく。今見えているジジクの駒の点数の合計はやけに高いように思えた。

 ヒーローチェスの構築は駒に振られた点数が定められた数を超えないように組まなければならない。強い駒は点数が高く、弱い駒は低い。今見えているジジクの駒だけで、点数の合計はほとんど制限点に達している。

――どういうことだ?

 俺は思考を回転させる。ジジクの布陣を考えると、あと一つか二つは駒が伏せられているはずだと思っていた。残った俺の戦力を叩くにはその方が安全だからだ。だが、改めて計算してみると、それほど点数の余裕はなさそうだった。考えてみれば、先発隊の戦力がやけに充実していたから、俺はそれを叩くために主力ヒーローを向かわせたのだった。

「すまん、待たせたな」

 俺は駒を動かした。

「へえ」

 ジジクが少し驚いたように声を漏らした。

 はったりだ。俺はジジクの目を睨む。伏せ駒はない。あったとしても、点数の低い駒を間に合わせで入れているだけだ。

「ここで、技能の探知」

 俺は宣言した。審判役のロクオが陣地盤のカバーを剥がし、隠れていたジジクの駒が姿を現す。案の定、低点数の駒が二つ。どちらも俺の生き残った駒で簡単に倒せる。この駒を倒せさえすれば、リソースを回復できるはずだ。

「やりますなあ」

 いたた、とジジクが頭を掻き、それからロクオに向かって言った。

「では、ここでコインを振りますぞ」

 ジジクが盤の脇に置かれたコインを摘まみ上げる。ジジクの細い指の先で、コインがきらりと光った。

 

【つづく】

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