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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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 声とともにゆっくりとした足取りで談話室に入ってきたのは背の高い、痩せた男だった。

「おお、カシュウ。遅かったな」

 ロクオが顔を上げて声をかけた。入ってきた男はカシュウ、俺たちの班の訓練生の一人だった。

「みんながえらくたくさん食べるからさ、皿洗いも楽じゃなかったよ、まったく」

 カシュウはへへっと笑った。カシュウはいつのまにか食堂の皿洗いを手伝うようになっていた。少ない自由時間をよくもそんなことにつぎ込めるものだと思う。

「それで、今日はなにをもらったんだ?」

 ロクオがさりげない調子で尋ねる。建前上は訓練校での奉仕活動は文字通り奉仕の気持ちでなされるものであり、なにかの見返りはない。でも、それはあくまで『建前上は』だ。

 カシュウはニヤリと笑って、ポケットから油紙でくるまれた包みを取り出した。

「ご笑覧あれ」

 大仰な口調とともに、カシュウが包みを開く。そこにあったのはこんがりと揚げられたドーナツボールだった。ほとんど部屋の反対側にいる俺のところまでふわりと甘い香りが漂ってくる。さっき夕飯をしこたま詰め込んだはずなのに、俺のお腹がグゥと鳴った。

 今や談話室中の目がカシュウの手の中のドーナツボールに注がれていた。

 『建前上』ということは『建前上』でない部分もあるのだ。食堂の爺さんは時折気まぐれで皿洗いの手伝いをした訓練生にこうして何らかの菓子を持たせることがあるのだ。

 食堂のメニューは最高に美味しくて、量も申し分ない、栄養だって十分にあるのだけれども、ただ一つ甘いものだけがなかった。時々果物がついてくることはあるが、それだけ。俺たち訓練生は次第に甘いものへの欲求が次第に高まっていった。

 そんな中で食堂の爺さんの気まぐれで渡される駄賃代わりの菓子は、ほとんど金塊のような価値を持っていた。もちろん俺たちはこぞって皿洗いを手伝おうとした。けれども、不思議なことにどんなに急いで飯を食っても、いつでもカシュウはいつのまにか洗い場に入って、皿を洗っているのだった。

 どうやらカシュウの要領の良さは洗い場でも存分に発揮されているらしく、何度かカシュウの皿洗いを観察してみたところ、皿は猛烈な勢いで片付いていっていた。それにともなって食堂の爺さんの機嫌もどんどん上機嫌になっていくようだった。

 その結果は菓子の個数という形で現れた。カシュウに渡される菓子の個数は次第に増えて言った。一人では食べきれないほどに。

 もしも、カシュウが貰った菓子を独占するような奴だったら、カシュウは候補生全員から反感を買っていただろう。班長の俺はみなの不満を抑えるのに相当苦労することになっていたはずだ。

「全員分あるよ」

 カシュウは笑って机の上に包み紙を置いた。

「いいのか?」

 ロクオが慎み深く尋ねた。

「もちろん、どうぞ」

 カシュウは笑顔のまま頷く。

 わっと、歓声が上がり。手が机の上に殺到する。。

 幸いなことに、カシュウは菓子を独占するような性格ではなかった。あるいは菓子を貨幣のように扱い、皆を支配するような性格でもなかった。

 いつもカシュウは手に入れた菓子を惜しみなく皆に配っていた。

「ほら、班長とナリナの分もあるよ」

 カシュウは少し離れた位置で様子をうかがっていた俺たちに声をかけた。

「だってよ」

「うん」

 ナリナは頷き、机に向かって歩き出した。いつもよりだいぶ速足であるように感じられた。俺もその後を追い、机に近づく。

 甘くとろけるような匂いは次第に強くなっていく。堪えきれず、俺も半ば駆けるように机の上のドーナツボールに手を伸ばす。

「えらくいい匂いがしてるなあ」

 低く濁った声が部屋に響いた。

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