90
つい、とナリナの目が動いた。振り返り、窓と俺から目線が離れる。部屋の中央、ヒーローチェスを囲む候補生達の方へと。
いつのまにか向こうはとても盛り上がっていた。ようやく終盤に差し掛かったのだろうか。俺とナリナのいる空間は談話室から切り離されているようだった。ナリナの発するプレッシャーは――それが「警戒」と呼ばれるものなのか、「憎悪」と呼ばれるものなのかわからないが――ひりひりと皮膚が凍りつかせるようだった。
「なにが言いたいんだ」
俺は口を開き、なんとかそれだけ言葉を作った。
「早急に擬態型を探り出し、排除それができない場合は……」
ナリナは俺の問いに答えなかった。代わりにその口から出てきたのは、数日前座学で習った文章だった。その続きは俺も知っていた。
「集団ごと排除」
「わかってるんじゃない」
ナリナは言った。
「なにが、言いたいんだ?」
俺は質問をもう一度繰り返した。今度もナリナは答えなかった。何も言わずに、再び窓に向き直った。俺もそれに習った。窓の外を見る。沈黙。ガラスに映るナリナは鋭い目つきで窓の外を見つめていた。部屋の中央から歓声が上がる。
「教官と所長が話しているのを聞いた」
ナリナが言った。微かな声だった。俺は聞こえているのを示すためだけに、小さく頷いた。
「さっき当番で廊下を掃除していたら、執務室の扉が開いていて、聞こえた」
「なんと?」
「この班に擬態型がもぐりこんでる」
どきり、と俺の心臓がはねた。俺の目が動き、ナリナの横顔を見た。ナリナは窓の外を見たままだった。窓の外を見たまま、俺の反応をうかがっている。それがわかった。
――速やかにギルマニア星人を見つけ出せ
オニルの指令が頭にこだまする。その言葉を継ぐように、ナリナが言葉を続ける。
「対処しなければならない」
「なぜ、それを俺に?」
俺は尋ねた。できるだけ笑顔を作ろうと試みながら。
「俺が、その擬態型かもしれないんだぜ?」
「それでぼろをだしたらあなたを始末すればいいから」
「へえ」
俺は窓の外に目線を戻しながら頷いた。ぎゅっと、喉の奥が閉まった。ナリナの口調は冗談には思えなかった。
「もしも、あなたが擬態型じゃないなら班長としての権限を使って協力してもらえるし」
「それで、どっちだと思う?」
俺は慎重に尋ねた。ナリナの動きに対応できるように構えながら。
自分が擬態型でないことはよく知っているが、ナリナが何か勘違いしないとは限らない。
体格こそ小さいものの、訓練の模擬戦でナリナは獰猛な戦闘意欲によってかなり優秀な成績を収めていた。もしもやりあうとなれば、互いに無事では済まないだろう。
ナリナは俺を見ないままに首を振った。
「今のところは違う、と思う」
「そりゃ良かった」
「協力してくれる?」
俺は肩を竦めて、もう一度ナリナの横顔を見た。まだ俺を警戒しているように思えた。
「なあ」
呼びかける。ナリナは目だけでこちらを見た。俺は発しかけた言葉を呑み込む。
オニルの指令をナリナに伝えるべきか? 頭の中で思考が回る。
「なに?」
ナリナが怪訝そうに尋ね返してきた。俺は窓の方に目線をやりながら首を振った。
「本当に、本当だと思っているのか?」
「本当じゃないとして、それがなに?」
ナリナが俺の方を見た。
「疑いがあるのなら、排除はしないといけないでしょ?」
その目にも声にもためらいはかけらも感じられなかった。
【つづく】




