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「死んだって、ヒーローに、なれる」
ゆっくりと一語一語区切りながら、フーカは言った。
「お兄ちゃんは、ヒーローに、なったもの」
フーカの冷たい目が俺を覗き込む。俺は腹の底がずん、と凍りついたような気がした。それで、それなのに、俺の口からは一つの言葉が滑り出た。
「『Mr.ウーンズ、最後の作戦』」
フーカの形の良い眉がひくり、と動いた。
「お前の兄貴って、あの活劇に出てきた部下、だったんじゃねえのか」
「えっ」
フーカの目の温度がさらに下がった。
それはMr.ウーンズの最新の、そしておそらく最後の記録活劇の題名だった。
ギルマニア星人に占拠されたプラントにMr.ウーンズとその部下が二人で潜入する作戦の活劇だった。不可能に思えるようなルートでプラントに侵入して民間人と合流した二人はしかし、脱出直前でギルマニア星人の卑劣な罠に嵌められてしまう。あわや全滅というところで、若き部下の機転で民間人を救い出すことができた。しかし、代償は大きかった。若き部下は民間人を庇い、命を失ってしまったのだ。
その亡骸を持ち帰ろうとしたMr.ウーンズもまた、右腕を失ってしまった。
部下との最期のやりとりの場面を観たものは例外なく滂沱の涙を流した。
さっきのMr.ウーンズとギルマニア星人のやりとり、それにフーカの反応を考えれば、フーカの「お兄ちゃん」の正体の察しはついた。
「だから、なに」
フーカの目に一瞬だけ浮かんだ動揺はすぐに消え去った。俺を睨みつけて言った。
「お兄ちゃんはヒーローだった。私もお兄ちゃんみたいなヒーローになるの。ミイヤ君も、そうでしょう」
「え、あー」
突然話を振られたミイヤが曖昧な音を漏らした。ミイヤは俺とフーカを見比べて、少し考えてから、頷いた。
「うん、そうだよ」
じくり、と凍えた腹の底に熱が灯った。俺はミイヤの面を見た。おどおどと地面に目を落としている。でも言葉を引っ込めるつもりはなさそうだった。ああ、そうかい。頭の中に一人の女ヒーローの顔が浮かぶ。俺を安心させるように微笑んでいる。小さな熱はふつふつと勢いを増していった。
「くたばっちまって、それでヒーローになってなんになるんだよ」
俺は言葉を吐き捨てた。
「くたばっちまえば、何にもならねえだろうが」
俺の口から汚い罵り言葉があふれ出た。俺は口を閉ざそうとした。でも、止まらなかった。
「そんなことはない。ヒーローは死んでもヒーローだもの」
フーカが俺をまっすぐに睨みながら言い放つ。
ああ、そうだろうさ。言われるまでもない。
ヒーローが死んでも、ヒーローが守ったものは失われない。ヒーローが成し遂げたことは、活劇によって称えられる。どんな無名なヒーローも、命を落とせばヒーロー名鑑の殿堂入りコーナーに永遠に記録される。それでも
「それがなんだってんだよ」
俺は再び吐き捨てる。
頭の中に浮かんだ女ヒーローはまだ微笑んでいた。血まみれの顔で。その顔がさっきのMr.ウーンズの微笑みと混ざり合う。
「てめえの兄貴もあの薄ら笑い浮かべていたのかよ」
ヒーローたちはいつもでもあの笑顔を浮かべる。優しくて穏やかで、見るものを安心させるあのくそったれな微笑み。
腹で熱が燃える。燃える炎が言葉を吐き出し続ける。
「お前も……お前たちはそうだろうがよ。知ってるはずだろうが。ヒーローがどっかでくたばって、それでそれを聞いた、そいつのガキだとか、妹だとかが、なんて思うかをよ。くそったれだよ。ヒーローとして、死んで、もういなくなって、それで」
「リュウト」
俺の言葉を遮ったのは、ミイヤの声だった。
俺はいつの間にか地面を睨んでいた顔を上げた。ミイヤはまっすぐ俺を見ていた。いつものおとなしい落ち着いた目だった。でも、それで俺は何も言えなくなった。
ミイヤがゆっくり首を振り、もう一度俺の名前を呼んだ。
「リュウト」
その顔はさっきから頭を離れない女ヒーローの微笑み顔によく似ていた。
その女ヒーローはヒーローとして死んだ。ミイヤの母親としてではなく。
【つづく】