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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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「どうした? なんかすげえ顔色してるけど」

 談話室に戻った俺の顔を見るなり、コチテが目を見開いた。

「あー、や、オニルに無茶苦茶どやされてよ」

 俺はぐにぐにと顔を揉みほぐして誤魔化した。そんなにひどい顔になっていたのだろうか。コチテはまだ心配そうな顔で首をかしげている。俺は意識して口角を持ち上げて見せながら、耳をさすった。

「まったく、オニルの野郎耳元で延々怒鳴りつけてきやがるから、耳が物理的に痛くなっちまったよ」

「なにで、どやされたんだ?」

 ソファに座ったまま、身体ごと振り向いてサルワが尋ねてきた。その額には大きな絆創膏が貼り付けられている。夕飯の時に起こしたハングラとの殴り合いで負った傷だ。

「お前らがやらかしたケンカのせいだよ」

 言い返しながら、サルワの方を見て俺の眉間にしわが寄った。対面のソファに座っているのは、他ならぬハングラだった。こちらの頬にも大きな湿布が貼られている。

 さっきの殴り合いの様子を思い出す。擬態型は殴られて血を流したり、顔を腫らしたりするものなのだろうか。

 頭に浮かんだ疑問を押し隠して、俺はうんざりした顔を作った。

「また、なんかやりあうつもりかよ。勘弁してくれよ」

「いやいや、違うって」

 俺がうんざりした感情を強調しながらため息をついて見せると、サルワは気まずそうに目をそらしながら首を振った。

「これは、そう、苦労人の班長様にこれ以上面倒をかけないためにだな、殴り合いよりは紳士的な方法で紛争を解決しようと思って」

「なにやってんだ?」

 ひょいとサルワの巨体の陰から二人の間を覗き込む。そこにあったのはヒーローチェスのセット一式だった。俺は首を傾げた。

「いや、本当になにやってるんだ?」

 ヒーローチェスは伝統的なボードゲームであるチェスに各種ヒーローの要素を盛り込んだゲームだ。もともとは子供向けのゲームだけれども、多様なヒーローの駒による構築と盤面戦の両方が楽しめるということで、大人になっても愛好する者はそれなりにいる。

 なぜだか訓練校の談話室にはヒーローチェスの最新版までのフルセットがそろっていて、今サルワとハングラの間の机に広げられているのはその一番大きな陣地盤だった。

「お前ら、ヒーローチェスやるのか?」

 二人がヒーローチェスをやっているとは知らなかった。大人にも愛好家はいるとはいえ、ヒーローチェスは少し子供っぽい趣味に分類される。小山のようなサルワと、ひょろりと背の高いハングラがヒーローチェスをやるとは意外だった。

「まあ、駒の動かし方ぐらいは」

「ガキの頃に少し」

 サルワとハングラが俺に答える。ちらりと盤面を見る。二人の言葉は本当のようで、かなり素朴な駒構築と攻防が行われているのが見えた。

「なんでまた」

「俺が言ったんだよ」

 俺が首をかしげていると、盤の隣に座ったロクオが顔を上げて顔を顰めた。

「また殴り合いで決着をつけるよりはましだろう」

「そりゃあ、そうだ」

 俺は頷きながら、うんうん唸っているサルワとハングラを見た。ロクオの提案は悪くない提案だったように思えた。少なくとも陣地盤を挟んで睨みあっている間は殴り合いを始めることはないだろう。先に手を出して、負けを認めたとは思われたくないだろうから。

「おい、班長」

 ツンツンと服の袖を引っ張られた。びくり、と心臓が飛び跳ねる。さっと振り返り少し視線を下げて声の主を探す。俺を見上げて怪訝そうな顔をしているのはヤカイだった。

「どっちが勝つと思う?」

 ヤカイの小さな顔には満面のにやにや笑いが浮かんでいた。その顔を見て俺はピンとくるものがあった。ヤカイに顔を寄せて尋ねる。

「誰と賭けてる?」

 ちぇ、勘がいいな、とヤカイは肩を竦めながら、机の向こうに目をやった。

「ライア」

「へえ」

 そう言うヤカイの目線を追うと、なるほど盤を挟んだ向かい側に巨大な体を折り曲げるようにしてライアが盤面を真剣に覗き込んでいた。あの表情を見る感じだとそれなりに大きな額をかけているらしい。

「班長も賭けないか?」

「やめとく」

 ほどほどにしとけよ、と言いながら俺はロクオの隣に腰掛けた。

「どうなっている」

「あー、まあお互いぼちぼちやってるな」

 ロクオはかなり曖昧な声を出した。その口ぶりに不思議に思って陣地盤を覗き込む。

「あー、なるほど」

 小さく声が漏れる。改めてみた盤面は初心者同士の対戦にありがちなひどくごちゃごちゃと停滞した盤面になっていた。ざっと見ただけでも相手に致命傷を与えられそうな箇所が三つか四つ見落とされているのがわかった。

「よし、こうだ」

 サルワが駒を動かして、一つハングラの駒を落とした。サルワはよしよし、と嬉しそうに呟きハングラは忌々しそうに舌打ちをしているが、大勢には響かないほとんど無意味な手だった。決着はまだかなり遠そうだった。

 俺は談話室を見渡した。さっきまでのオニルとの会話が耳元によみがえる。本当にこの中にギルマニア星人が紛れ込んでいるのだろうか。落ち着かない気持ちが井の中で蠢いた。

 

【つづく】

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