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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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85

 ――ギタイガタ

 最初、俺はオニルが何を言っているのか解らなかった。

「クリスタルナイトから報告は聞いている。お前が巻き込まれた事件についてはな」

 俺が何も言えないでいると、オニルは付け加えた。突然出てきた名前にオニルの言葉が像を結ぶ。

――擬態型

 目の前に壁が広がった。血塗られた真っ赤な壁と、そこに叩きつけられた小さな体。自分の顔からさっと血の気がひくのを感じた。訓練で全力疾走をした時よりももっと、呼吸が荒くなり、鼓動が早くなる。

「ええ、知っていますが。どうしたんですか? 突然」

 俺は目を見開き、じっとオニルを見て言葉を絞り出す。

 オニルはもう一度俺の後ろを見た。俺もその目線を追う。そこにあるのは扉だった。分厚い扉は固く締まり、鍵も閉まったままだ。談話室で繰り広げられているであろうにぎやかな歓談は聞こえてこない。サルワとハングラが面倒ごとを起こしていなければいいが。

 オニルが俺に顔を寄せる。

「擬態型一匹がうちの班に紛れ込んでいる」

 ぐらり、と世界が揺れた。俺は自分が倒れかかっているのに気がつく。とっさに机を掴み、身体を支える。

「おい」

「ほんとうですか?」

 押さえて囁いたつもりの声は、裏返った叫び声として口から出た。

「声がでかい」

 オニルが俺を睨む。それでかえって俺は冷静になった。俺は小声で尋ねなおす。

「どういうことですか?」

「そのままの意味だ。俺たちの班の中に擬態型が紛れ込んでいる」

「誰ですか」

「それがわかりゃあ、苦労はいらん」

 どかっと椅子に腰を下ろしながら、オニルは言った。ため息と疲れのまじった声だった。

 そのまま天井を仰いで、目をこすっている。俺の頭の中はたくさんの疑問が渦を巻いていた。何から尋ねるべきかわからなかった。けれども何かを尋ねるべきだというだけは解っていた。だから俺は口を開き、まずは手じかにあった質問を掴んで放り投げた。

「なぜ、俺にそのことを?」

「お前が班長だからだ」

「はい?」

「速やかにギルマニア星人のクソを見つけ出せ」

「は……はい?」

 命令はさりげなく、しかし毅然とした声で告げられた。俺は頷きかけて、固まった。

 思考を何とか動かして尋ねる。

「本当ですか?」

「押し付けられた責務には重すぎる仕事か?」

「いいえ、そのようなことは……」

 口の中で唱えた言葉は心にもない言葉だった。オニルの言葉は俺の思考を鋭く言い当てていた。班長は言ってみれば成り行きで押し付けられた役割だった。能力で選ばれたわけではない。対処するべき問題はあまりにも深刻過ぎた。

 擬態型を見つけるだなんて、俺にそんなことができるとは思えなかった。

「今から認識を改めろ」

「しかし、なぜ?」

 口から洩れたのは当然の疑問だった。捜査が得意なヒーローはたくさんいる。そういったヒーローに任せた方が確実に迅速に見つけ出せるだろう。

「こちらが気がついたことを向こうに知られたくない」

 オニルは低い声で続けた。

「下手に部外者を呼んで感づかれたくない」

「俺だけで探れ、ということですか?」

「そうだ。誰にも気づかれるな。見当がついたら俺に伝えろ。そのためにお前にだけ伝えた」

「はい」

 俺は頷いた。ぞわぞわと吐き気がするような居心地の悪さがこみあげてきた。

「自信がないか?」

「ええ、だってそんなことできるとは……」 

「できんでも、やってもらわねばならない」

 オニルは俺の言葉を遮って言った。

「俺の目を見ろ」

 俺が何かを言おうとする前にオニルは言った。鋭い声だった。思わず俺は伏せていた顔を上げた。

「俺はできんことを出来ん奴に命じたりはせんぞ」

 オニルの目は俺の目を見ていた。緑の透き通った目。訓練の時にいつも見せるあの恐ろしい目。真剣で嘘を言っているようには見えなかった。俺は目をそらせなかった。目をそらせないままに頷いた。

「お前は知っているはずだ。ギルマニア星人が正体を現したとき、何が起きるかを」

 オニルの手が伸び、俺の肩を掴んだ。

「もしも、このままギルマニア星人のクソどもを放っておいたらどうなる?」

 目の前にギルマニア星人の刃腕のギラツキが見えた気がした。息が荒くなる。やつらの刃腕はいつでも血塗れだ。次に見る時は誰の血で汚れている? 俺かコチテか班の誰かか、それとももっとお偉いさんの誰かの血か。

「俺はできないやつにできないことを命令したりはしない」

 オニルが繰り返す。

「お前ならできるから……お前にしかできないから命じているのだ。わかるな?」

「はい」

 俺は頷いた。自分にそんな任務がこなせるとは思えなかった。でも、オニルが嘘を言っているようにも思えなかった。ならできるのだろう。それに、選択の余地なんかなかった。

ギルマニア星人が潜んでいるというなら、それをあぶりださなければならない。

 それも俺一人だけで。

 胃袋を握りしめられているような感じがした。こみあげてくる不快感を飲み込んで、俺は頷いた。頷くしかなかった。

「了解しました」

「ああ、任せたぞ」

 オニルが言った。その顔には穏やかな笑顔が覗いていた。


【つづく】

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