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「なぜ呼び出されたか、わかっているな?」
オニルは執務室の分厚い扉の鍵を閉めると振り返って恐ろしい顔で俺を睨んだ。
俺には解らなかった。もちろんいくつかは呼び出された理由の心当たりはあった。けれども、どれも今呼び出されている理由ではなさそうだった。
そんな理由だったら、扉を閉める必要はないからだ。むしろ扉を開けたままにして、怒鳴り声を候補生全員に聞かせた方がいい。すくなくともいつもならオニルはそうしていた。
だから、俺は首をかしげた。
「わかりかねます。教官」
「そうか」
オニルは低く呟いた。そのまま何も言わず、きれいに書類が積み上げられた自分の机に座ると、俺をちょいちょいと指で招いた。俺は恐る恐るオニルに近づいた。
「ん」
オニルはさらにもっと寄れと言いたげに手招きをする。これ以上近づいて怒鳴りつけられたら嫌だなと思いながら、俺はいやいやオニルに顔を寄せる。
「なんで呼ばれたと思う」
「それは……」
「言ってみろ」
俺が口ごもると、オニルは俺を睨んだ。しかたなく俺は口を開いた。間違っているのがわかっていても、『言え』という命令に従わないわけには行かない。
「ヤカイとライアが怪我をしたことでしょうか」
「違う。それは訓練中のことだ。俺も把握している」
珍しくからかったり馬鹿にする調子はなかった。オニルは俺から目を離さない。その目線はなおも俺に理由を問いただし続けているように思えた。
「では、サルワとハングラがケンカをしたことですか?」
ぎらり、とオニルの目が光った。
「そうなのか?」
「ええ、はい」
どうやら藪蛇だったらしい。でも、吐いた言葉は飲めない。頷くことしかできない。
「結果は」
「殴り合いに発展し、互いの顔をぶち殴ってダブルノックアウトです」
「原因は?」
「二人とも熱くなっていたのでまだ詳しく話は聴けていないですが、ハングラがサルワのおかずを盗ったとか、そんなことを喚いていました」
「うちの食堂はおかわり自由のはずだが?」
「ええ、そうです」
オニルの眉がひょいと上がる。俺は痛み出した頭に手を添えながら頷く。最近のサルワとハングラの関係について考えると、それだけで頭が痛くなってくる。
「おかずの件は結局ただのきっかけでしかないみたいで」
「ああ」
「ようはどうにもウマが合わない、というやつです。何が気に入らないのか、二人とも互いのことを嫌いあっているようであります」
「そうか」
オニルが苦虫をかみつぶした顔で頷く。
「ウマが合わんという奴らはどこにでもいる」
「はい」
「俺も気にしてはおく。お前も気をつけておけ。そういうのはほっとくといつの間にか殺し合いをおっぱじめやがる」
「はい」
むっつりとした顔で吐き捨てるオニルに、俺は頷いた。オニルの声にはやけに実感がこもっていた。本当にそういう二人は珍しくないのかもしれない。毎回少なからずいるのだろう。
「でも、そのことではないのですね?」
「ああ、そうだ」
「でしたら」
俺は今度こそ言葉に詰まった。もちろん班の中で誰かがやらかしたことは他にもいくつもあるが、今挙げた二つよりも大きな事件はない。
俺を睨んでいたオニルの目が、ふっとそれて、机の後ろの窓を見る。大きな窓からは赤い夕陽が差し込んでいた。オニルが立ち上がり、しゃっとカーテンを閉めた。暗闇を感知して部屋の照明が転倒する。
「おい」
オニルが俺に背を向けたまま声を発した。
「擬態型のギルマニア星人を知っているな?」
【つづく】




