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けらけらと笑い声が聞こえた。スナッチャーだった。見ると何がおかしいのか腹を抱えて、顔を机に伏せて笑い転げていた。
「リュウっち、おもろすぎ」
「ずいぶんとおりこうさんなことを言うじゃないか」
笑い転げるスナッチャーを気にせず、オニルが言った。その顔は呆れているような、怒っているような、それとも笑っているような、なんとも形容しがたい表情だった。
「それは気をつけにゃならんな」
その表情のままオニルは鼻を鳴らして、カップに残っていたコーヒーを一息に飲み干した。
「そうだな、それではその良心に期待して、リュウト候補生、お前に面倒ごとを一つ押し付けるぞ」
「はい、なんでしょうか」
俺はできるだけ無表情を保ち、不満が顔の表面に出ないように気をつけながら返事をした。オニルは立ち上がり、言った。
「お前を班長に任命する。しっかりと励めよ」
「はい」
俺は自分の顔が怪訝そうに顰められるのを感じた。スナッチャーが机の下で俺の脚を突いた。
「リュウト候補生、お礼」
「あ、はい、ありがとうございます。懸命に努めます」
「よろしい、さしあたって飯を食い終わったら、さっさと班員を眠りにつかせろ。明日の訓練は今日より激しいぞ」
オニルは不吉な言葉を残して去っていった。
「おーおー、リュウト候補生、なかなかの大抜擢じゃん」
にやにやと笑いながらスナッチャーが言った。俺はその顔を殴りつけたくなった。
「じゃあ、あたしもそろそろ行くね。意外と仕事溜まってるんだ」
その前にスナッチャーは手をひらひらと振りながら去っていった。
俺は隣のロクオを見た。ロクオは呆然とした顔で、俺を見ていた。
「だ、そうだ」
何を言うべきか何も思いつかなかった。スナッチャーとオニルを相手にしたことで、適切な言葉を考える力はとっくに使い果たしていた。
ロクオは何も答えなかった。ただ、ぽかんと口を開けて「はあ」と唸った。何を言うべきかわかっていないのは、むこうも同じようだった。
「了解であります、班長どの?」
なぜか語尾を上げてロクオが首をかしげる。その眼を見開いた顔は、なんだか奇妙に愛嬌があって、俺は思わず吹き出してしまった。
「なんだよ」
「いや、わかんないけど、ドノはやめて、ドノは」
「わかったよ、班長」
俺はため息をついて首を振った。
「なあ、こういう訓練をよく知ってるだろうから、君に聞くんだけどさ」
「おう、なんだ」
ロクオは頷いた。ようやくかしこまった口調はやめることにしてくれたようだった。
「これってぜったいに面倒なことだよな」
「ああ、間違いないな」
俺が尋ねるとロクオはそう言って笑った。俺はため息をついて、力なく笑った。
【つづく】




