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「ヒーローになるとは、どういうことなのですか?」
「しらん」
思い切った口調で尋ねられたロクオの質問を、オニルは素早く鋭い口調で切り捨てた。ロクオは鼻面を殴りつけられた犬みたいにキョトンとした顔をした。オニルはじろりとロクオの顔を見て、何も言わずにタブレットに目を戻した。
「しらんとは、どういう意味ですか」
咳ばらいを一つ挟んで、ロクオが言った。その声の勢いはさっきよりもほんの少し強かった。
「それを聞いてどうなる」
オニルの透き通った緑の瞳がをわずかに動いてロクオを睨んだ。教練所で見せたあの凍えるような目つきだった。ロクオはその視線を受け止めて言った。
「正直な話、今日の訓練について自分は疑問を持っています」
「そうか、だったらとっとと失せるんだな。言っただろう。生っちょろい覚悟の奴はいらん」
「覚悟がないわけではありません」
「そういう下らん質問をする奴は覚悟が足らん、と言っているんだよ」
「しかしですな」
ロクオの言葉は次第に強さを増していく。その太い指がいらいらとスプーンの柄をひっかう。オニルはロクオの勢いを受け流しながら答えていく。
「自分は、オニル教官の考えるヒーローになるということを知りたいのです」
「はん」
オニルが大きな音を立てて鼻を鳴らした。勢いをくじかれてロクオの言葉が途切れる。
「ロクオ君は、軍人上がりだったかな」
タブレットを置き、コーヒーをたっぷり一口飲んでから、オニルはロクオに尋ねた。ひどくゆっくりとした粘つくような口調だった。
「はい、そうであります」
「殴られたりドヤされたりは慣れっこだろう」
「それは、そのとおりであります」
オニルを注意深く見つめながら、ロクオは慎重に頷く。
「軍隊と同じことの繰り返しで嫌気がさしたか?」
「いえ、そういうわけでは」
「頭の上にはっつける言葉が違うだけで、やっていることは同じか? 頭を空っぽにして兵隊さんの行進するだけだと思うのか?」
にやにやと笑いながら、オニルは厭らしい口調で質問を重ねた。ロクオはむっとした様子で答える。
「自分のいた軍隊はそのようなものではありませんでした。軍人は常に自分の頭で考えることを求められていました」
「そうか、時代は変わったな」
オニルは遠い目をして肩を竦めた。話をはぐらかすように。けれども、ロクオは真剣な顔でオニルを見つめて問いを続けた。
「ヒーローになるとは、そのような前時代の軍隊になるということなのですか?」
「お前は、どう思うんだ」
やれやれとすっかり問答に嫌気がさしたよう首を振りながら、オニルが尋ね返す。
「そうではないと思っていました」
「じゃあ、そうじゃないんだろうさ」
「はぐらかさないでいただきたい!」
ロクオがどん、と机を叩いて叫んだ。俺はその大きな音にびくりと身体を強張らせた。そろそろ限界だった。せっかく美味しい飯を食ってくつろいだ気分になっていたというのに、この険悪な空気はどうにも耐えがたい。
俺は助けを求めて、オニルの隣のスナッチャーを見た。スナッチャーは退屈そうに頬杖をつき、カップをティースプーンでかき混ぜていた。俺は少し音を立てて息を吸った。声を出してロクオとオニルの問答に巻き込まれるのは嫌だった。幸い、スナッチャーは気がついてくれたようで、顔を上げて俺を見た。
スナッチャーがニヤリと笑った。
嫌な予感がした。
「ねえ、オニル教官」
スナッチャーが呼びかける。たちまち強い後悔が俺の頭を覆った。
【つづく】




