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「げ」
静まり返った無人の食堂の片隅で、テーブルに足を乗せ、タブレットを睨みながら爪楊枝で歯をせせっているオニルを見たとき、俺たちの心は間違いなく一つになっていた。
「おう、遅かったな」
俺たちが同時に漏らした声も、俺たちの表情も気にせずオニルはタブレットから目を上げた。俺たちは素早く視線を交わしあい、即座に気をつけの姿勢をとった。調理場から胃袋を刺激する匂いが漂ってくる。空腹具合は限界で、ここでオニルの因縁づけに付き合っていたら、そのまま倒れてしまいそうだった。
俺たちの緊張を見て取ったのか、オニルはニヤリと笑った。
「飯を食う時くらいは俺もぐちぐち小言は言わんさ」
その顔に浮かんでいる笑い顔はどこかいたずらっぽくて、教練場でつねにオニルの顔に張り付いていた残忍さは幾分か影を潜めていた。
「全員! 駆け足! ただちに食料を確保してここに戻れ!」
勢いの良い小声で叫んだのは、スナッチャーだった。俺たちは弾かれたように駆け出した。
「こけるなよ」
オニルの声を背に俺たちは先を争うように並んだ机の間を小走りで走り出す。状況への混乱とオニルへの恐怖に背を追われ、料理の匂いに導かれながら。
◆◆◆
「なんだ、お前らそれだけでいいのか」
席に戻ってきた俺たちを見て、オニルは驚いた顔をした。言われて俺は他の四人のトレーを見渡した。
どのトレーにも「それだけ」というにはたっぷりすぎるほどの料理が山盛りになっていた。湯気を立てるポテトに、柔らかく煮込まれた肉と根菜のシチュー、魚のフライに、色とりどりのサラダ、それに愛しい人造栄養食までもがトレーいっぱいに詰め込まれた皿に限界まで押し込まれている。
殺し屋みたいな顔をした配膳担当の老人は、料理受け取り口に表れた俺たちの顔を見るなり、この料理の山を押し付けた。
コチテやロクオでさえ、トレーを持って運ぶのに苦労していたし、ナリナに至っては重さに耐え切れずに足取りがおぼつかなくて、サルワに持ってもらっている始末だった。
「まあ、足りなかったらおかわりしに言ってもいい。飯だけは上手いんだ、ここは」
トレーを持つだけで腕の痛みがぶり返してきそうな山盛りも、オニルにしてみると物足りないのか、オニルは不満げに呟くと傍らに置いてあったコーヒーをすすった。
「座りなよ」
スナッチャーが言った。俺たちはその言葉にしたがって、おずおずとオニルの近くのテーブルに座った。どうしていいのかわからずに、戸惑いながら黙ったまま視線を交わしあい、オニルの様子をうかがう。
「あー」
オニルが小指で頭を掻きながら唸った。
「お前らにはっきり言っとくがな、俺がお前らに小言を言わんのは、食事の間だけだぞ」
また、視線の交わしあい。根負けしたサルワが口を開く。
「そうなので、ありますか」
「うん、だから、今はオニルのことは気にせずに食べなよってこと」
スナッチャーが呆れた顔でオニルを見ながら言った。スナッチャーは俺たちから興味を失ったようにタブレットに目を落とした。
俺はゆっくりとスプーンを取り上げて、所在無く弄んだ。それでもオニルが突然怒鳴りだすんじゃないかと不安だった。
「うっげええ!」
ふいに声が聞こえた。コチテの叫び声だった。見ると、コチテはスプーンを口に突っ込んで固まっていた。
「大丈夫か?」
コチテが俺を見る。そして、頷き、口を開く。
「おい、リュウト、これむっちゃ美味いぜ」
コチテの弾むような声が食堂に響いた。俺はその言葉と立ち上る香ばしい匂いに誘惑されて、一口スープを掬って口に運んだ。
かっ、と目の奥に光を感じた。
【つづく】




