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「で、どーよ」
隣を歩くスナッチャーが目を輝かせながら、肩を組んできた。俺は少し先の廊下を歩くコチテに助けを求めようとしたが、サルワたちと何やら盛り上がっていて俺の窮地には気づいてくれそうになかった。
「別に、まだ始まったばかりなんで」
スナッチャーの腕にはまだ包帯が巻かれていて、それが首筋にあたってちくちくした。俺は逃れようともがいたが、スナッチャーの腕はがっちりと首を掴んで離れなかった。
「そろそろ逃げ出したくなるころかなって」
「訓練初日で逃げるやつもいないだろ」
「いるんだな、これが」
俺が呆れた口調で言うと、スナッチャーはニヤリと笑って、俺の肩を叩いた。俺は眉をひそめた。いくら何でもたちの悪い冗談に思えた。
「逃げるやつは最初の日に逃げるんだよ、どんな理由で来たにしてもね」
けらけらと笑い名ながら、スナッチャーは俺の目を覗き込んくる。俺は顔をそらして尋ね返した。
「スナッチャーの時は、そんなのがいたのか?」
「そうそう、その時の教官に無茶苦茶怒鳴りつけられて、ぶん殴られてね。すっかりおじけづいちゃって、私物もほっぽり出して逃げ出したやつがいたよ」
スナッチャーは廊下の壁に目をやった。やけに懐かしそうな目だった。候補生時代に何かがあったのだろうか。辞めていった誰かや、スナッチャー自身に。
「それで、どうなったんだ?」
「別に?」
返ってきたのは短い答えだった。短くて感情の読み取れない答えだった。俺の怪訝な表情を読み取ったのか、スナッチャーは続けた。
「よくあることだから。教官もびっくりはしないよ。残念な顔をして、名簿に斜線を引くだけさ」
平然とした、こともなげな言葉だった。
「そっか」
それは、そうだろう、と思う。候補生はそれなりの人数がいる。俺たちの班で10人ほど、他にもいくつかの班があるようだった。その割にヒーローの数はそれほど多いわけではない。せいぜいのところ、割合で考えれば班のうちの一人か二人がヒーローになれるくらいだろう。
だから、脱落者もそれほど珍しいものではないのだろう。
「ああ、でも」
俺が考えていると、スナッチャーは思い出したように付け加えた。
「勧誘担当としては、ちょっと悲しくなっちゃうかな」
「そんなもんかよ」
「まあね」
それでも、スナッチャーの声はとてもあっさりしていて、俺はなんだか釈然としない気持ちになった。別にスナッチャーの言葉が嘘っぽかったわけじゃない。心の底から候補者が辞めるのは悲しいと思っているようではあった。ただ、悲しいだけ、というように聞こえた。それが当然で、仕方がないと思っているような口調に聞こえた。
「だって、肝心なところでイモ引かれるよりはましじゃん。それくらいなら、さっさと本性見せてくれた方が良いからさ」
リュウちゃんだって、そうでしょう? とスナッチャーはそう言いながら俺の肩をぽんぽんと叩いた。
じわりと叩かれた肩に痛みがよみがえる。斧の重みが残した痛みだ。明日になっても消えそうにない。明日もまた罰を受けるのだろうか。斧を持たされるのだろうか。訓練の間じゅう、ずっと繰り返される尾だろうか。
ちらりと肩に回されたスナッチャーの腕を盗み見る。傷だらけの腕、細いのに俺を逃さない鍛え上げられた腕。スナッチャーもあの斧を持ったと言っていた。他のヒーローもそうなのだろうか? 耐えたものだけがヒーローになったのだろうか? 耐えられたからヒーローに慣れたのだろうか。
俺は自分の肩をさすった。俺は耐えきれるのだろうか? 燃え盛る工房が目の裏に浮かぶ。病室の父さんを思い出す。逃げ出すつもりはない。逃げるわけにはいかない。
「大丈夫だよ」
突然、スナッチャーが言った。俺は床を睨んでいた目をスナッチャーに向けた。スナッチャーの声はびっくりするくらい穏やかな声だった。
「リュウくんは逃げ出さないさ」
「逃げ出すわけにはいかないからな」
俺は鼻で笑って見せた。スナッチャーは首を振った。
「大丈夫だよ、リュウ君はね」
「かもな」
短く、答える。スナッチャーは笑って俺の肩をさすった。見透かすようなスナッチャーの目がなぜだか今日は頼もしく思えた。
【つづく】




