表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

74/248

74

 ごとん。鈍い音がした。ナリナの斧が床に転がる。ナリナは斧から離した手で、口元を押さえていた。その手の隙間から、とめどなく笑い声がこぼれだす。

「どうしたの?」

 コチテが心配そうな顔で尋ねた。ナリナは口を押さえたまま、あふれ出る笑いの隙間に言葉を繋ぐ。

「ずいぶんと、かわいらしいこと、と思って」

「かわいい? なにが?」

 ナリナの言葉は随分と奇妙で、俺は思わず聞き返していた。ナリナがちらりと俺の顔を見た。眼鏡の向こうの目が細められ、くすくすと漏れる笑いがさらに強くなった。斧を持つのがあまりにきつすぎて、調子を崩してしまったのだろうか。

「あの人の言うことを、あなたたちは、そのように理解したのですね」

 ナリナの目は扉を見た。その向こうに姿を消したオニルの背中を見るように。

「違うっていうのかい、ナリナ」

 ロクオが尋ねた。その口調は穏やかだった。頑丈そうな顔面には微笑みが浮かび、できるだけ威圧感を消そうとする努力が見えた。ナリナはロクオの努力を気にする様子を見せずに答える。

「ええ、だって、あの人はずっと同じことを言っているじゃないですか。ヒーローになるとはどういうことか、と。私たちはそれがわかっていないのだと。だから、罰を与えるのだと。その通りじゃないですか。私たちは、わかっていないじゃないですか。ヒーローになるということを」

「ふむ」

 ロクオが唸った。その口角が不快さを堪えきれない様子で、くにゃりと歪む。

「しかしね、それは結局方便なんじゃないかと、俺は思うんだがね」

「方便!」

 ナリナの笑いが止まる。ひどく意外な言葉を耳にしたように、目を見開く。ロクオは眉を寄せて言葉を続ける。

「だから、別にヒーローがどうの、っていうのは言いがかりでしかなくてさ、俺たちを痛めつけて自分を偉く見せようとしているだけじゃ」

「ええ、そうですね。そうかもしれませんね。でも、それがなんだというのですか」

 高らかなナリナの声がロクオの言葉を遮った。今度はロクオが目を見開いた。苛立たし気に口が閉じて、開く。

「なんだもなにも、それだけだよ。あいつは威張り散らしてるだけのつまんない奴だよ」

「ロクオさん、あなたはそれで本当にヒーローになるつもりなんですか?」

「そのつもりだよ」

 ロクオは息を吐き、穏やかに答える。ナリナは再びくすりと笑い「お可愛いこと」と呟いた。ロクオの掲げていた斧の刃先がふらりと揺れる。

「なにかおかしいかい?」

 ナリナがにこりと笑う。物置の薄暗い明りの中で、分厚い眼鏡がぎらりと輝く。

「ええ、おかしいですよ。だって、ヒーローですよ。ヒーロー。あの程度の屈辱だとか、苦しさがなんだっていうんですか。本当にヒーローになるのなら、あんなの、なんでもないでしょう。そうでないなら、ヒーローになんかなれないでしょう」

「まるで、あの鬼教官サマみたいなことを言うじゃないか」

「だから、オニル教官はあんなことをしたのでしょう」

「まさか」

 ロクオははき捨てるように言った。

「あいつがそんなタマかよ。あいつはただのたちの悪いサディストさ。俺たちをいびって悦に入ってるだけさ」

「あー」

 突然、コチテが声を発した。何かを言い返そうとしていたナリナとナリナを睨みつけていたロクオは、調子を外された顔でコチテを見た。コチテは二人の怪訝な目線を無視して言った。

「ちなみにさ、じゃあ、リュウトはどう思う?」

 突然の問い掛けられる。俺は面食らった。どう思う? 正直に言えば、二人の話はなんだか遠くのことを話していたように思えた。俺にはオニルはヒーローの体現者には見えなかったし、意地の悪い加虐者にも見えなかった。同時に両方にも見えた。演技をしているようにも思えたし、あれが本性のようにも思えた。それがどちらなのかはわからなかった。でも、確かなことは一つだけあった。

「俺にわかるのは、あいつの言葉に従った方がいいってことだけだよ」

 そう言って、俺は斧を掲げなおした。疲弊した腕に斧の重みがのしかかる。

 オニルがいなくなってもう随分とたっていた。そろそろ帰ってきてもおかしくはない。その時に斧を下ろしてしゃべっているのが見つかったらかなり大変なことになるだろう。

「あー、それはそうだ」

 コチテは笑って、自分の斧を掲げなおした。ナリナとロクオはしばらく睨みあったあとに、斧を持ち直した。

「くおら! なにをくっちゃべっとるか!」

 その時、扉が勢い良く開き、怒鳴り声が響いた。


【つづく】

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ