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ばたん、と大きな音を立てて物置の扉が閉まる。
オニルの足音が次第に小さくなり、聞こえなくなっても俺たちは何も言わなかった。そんな余力はなかった。
オニルの透き通った両目が残っているような緊張感が物置全体を満たしていた。
「ふぃー」
沈黙を破ったのは、ロクオのため息だった。
「骨で受ける感じにすると少し楽になるぜ」
ロクオはそう言って斧を支える腕を緩めた。まっすぐに上を向いていた斧がわずかに傾く。
「いいのかよ」
「いなくなったってことはちったあ楽にしてもいいってことだろ」
器用に斧を持ったまま首を回して肩をほぐしながら言う。けれども俺は斧を持ち上げる腕から力を抜くことができなかった。扉に目をやる。今こうしている間にも、オニルが扉を開けて意地の悪い笑みを浮かべるような気がした。
「えーっと、こう?」
視界の端でふにゃりと斧が揺れた。コチテの斧だった。見るとコチテは肘を曲げて斧の柄を頭にのせて重さを分散させていた。
「いや、それだと入ってきたときばれるから、もうちょい起こしな、そうしたら上にあげるだけで元に戻せる」
ロクオは真面目くさった顔で、コチテにアドバイスをする。コチテもコチテで真剣に試行錯誤してどうにか座りのいい姿勢を見つけたようで、楽そうな表情を浮かべた。
俺もなんだか真面目に持ち上げているのが馬鹿らしくなって、斧の角度を保ったまま、ゆっくりと腕の力を抜いた。横を見るとナリナも躊躇いながら斧の柄を頭につけていた。
ただ一人、サルワだけがピンと腕を伸ばし天井めがけて斧を掲げ続けていた。
「サルワも少し緩めれば?」
「いや、俺はいい」
コチテの言葉にサルワは答えた。その眼は腕の先の斧の刃を睨みつけていた。
「あんまり頑張り続けてももたんぜ」
ロクオの言葉にサルワは歯を食いしばり、何も言わずに首を振る。サルワが耐えているのは、斧の重さだけではないようだった。
「訓練所一日目のひよっこが熟練の教官ヒーローに敵うわけがないだろう」
ロクオは冗談めかして言った。はたから聞いているだけでも、慰めているのがわかる口調だった。
「俺が馬鹿なことをしなければ、お前たちに迷惑をかけることはなかった」
サルワは苦々しい声を吐き出した。
「運が悪かっただけさ」
ロクオが斧を持ったまま器用に肩を竦めた。
「たまたま君が目をつけられただけ。そりゃ笑ったのは不用心だったかもしれんが、そうでなければ他の誰かが同じようにぶちのめされていたさ」
「詳しいんだね」
コチテが首をかしげながら口をはさんだ。
「ちょっと、軍の方にいてね」
「へえ、そうなんだ」
コチテが目を輝かせると、ロクオは照れくさそうに目をそらした。
なるほど、と思う。軍隊からヒーロー連盟に加盟する際も、軍隊での階級にかかわらず候補生のからやり直す必要があると聞いたことがある。主に人間を相手にする軍隊と主に異星人を相手にするヒーロー連盟はやり方が異なるからだ。
確かにロクオの鍛え上げられた肉体と、やけに訓練のやり方に慣れた態度は軍隊の訓練を受けたことがあるのだとすれば納得がいく。
「でも、なんでそんなことを?」
「さあね」
ロクオはため息交じりに言葉を続けた。
「ああやって乱暴者だって思わせたら、今後がやりやすくなるからじゃないか?」
「なるほどねえ」
コチテは納得したように頷く。
黙って二人の会話を聞きながら、俺は胸の内で首を傾げた。本当にそうだろうか? オニルが性格の悪いサディストなのは間違いない。のたうち回るサルワやナリナを見る笑顔は心の底からのものに見えた。けれども、俺たちに向かって言った言葉は嘘ではなかったような気がした。笑顔の消えたオニルの瞳は、こんなお仕置きなんて目じゃないほどの理不尽を見てきたように思えた。
「ふ、へへ」
俺の思考は緩んだ笑い声に遮られた。思わず笑い声の聞こえた方に目線をやる。
斧を頭にのせたまま、ナリナが締まりのない笑顔を浮かべていた。




