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顔を上げ、隣を見る。サルワの反対側の肩を担ぎあげていたのは、一人の男だった。
「なにやら楽しそうなことやっとると思ってな」
言って男は「はっは」と高らかに笑った。小柄だががっちりとした男だった。深い笑い皺の刻まれたその顔は、候補生にしては幾分年かさに見えた。
「ロクオだ」
俺の視線に戸惑いをみたのか男は名乗った。
「これでも、一応候補生だぜ」
「ああ、悪い、リュウトだ」
俺は気まずい気持ちを押し隠して、名乗りを返す。名前を聞いてから、さっき自己紹介をしていた中にこの岩のような男がいたのを思い出した。
「よろしくな。握手ができんのは残念だが」
ロクオはそう言ってにっこりと笑った。邪気のないさわやかな笑顔だった。
「いけるか?」
「すまない」
ロクオの問いかけにサルワが弱々しい声で答える。
「リュウト、も大丈夫か?」
「ああ、いける」
俺も答える。あながち強がりではなかった。肩にかかるサルワの重みはかなり軽くなっていた。重みのうちのかなりの割合をロクオが背負ってくれているのだ。足は自然と早くなる。
それでもサルワの巨体を担いで歩くのは容易なことではなかった。教練場を一周した先頭集団が俺たちを次々に追い抜かしていく。
「いいのかよ」
俺はサルワを背負いなおしながら尋ねた。さっきまでロクオは候補生たちの先頭を走っていたはずだった。
「始めたのはリュウトだろう?」
ロクオの分厚い唇の端がぐいと持ち上がる。
「いいんだよ。俺は」
俺は前を睨んで答える。ロクオが「はっは」と笑う。よくもこんなに重たいものを背負いながら笑えるものだ、と思う。
「本当は俺も助けるべきかと思ったんだが、引き返す勇気がなくてな」
「別に、俺は出遅れただけだ」
俺はオニルの真似をして鼻を鳴らして見せる。
「だろうな」
ロクオは面白がる表情を崩さずに言った。
「まあ、俺は一周先に言ってるからな、安全なマージンを作ってから助けに来ただけさ」
前に向き直って発せられたロクオの言葉は、どこか自嘲の色がにじんでいるように聞こえた。
気のせいだと思った。それとも、そんなこと気にする必要はないと言おうか、とも思った。だが、気の利いたことを言うにはサルワの身体は重たすぎた。だから、俺は何も言わずに一歩足を前に出した。
「おやおや、ロクオ君! まじめにやれよ! さもないとお前も一緒に罰をくれてやるぞ!」
そのとき、オニルが怒鳴った。とっさに睨みつける。オニルはにやにやと笑っているが、冗談で言っているようには見えなかった。
「いいのかよ」
俺は再びロクオに尋ねた。ロクオは「ふむ」と小さく唸ってから、器用に肩を竦めて言った。
「まあ、仕方がないな。乗り掛かった舟だ」
そう言って、ロクオは笑った。今度はどこかすっきりしたような笑みだった。
【つづく】




