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走りながら、肩越しに振り返った。俺の脚の動きが遅くなる。
「ぐうう」
「うう」
地面で絡まりあうように倒れて呻いているのは、ナリナとサルワだった。どちらかが痛みに耐えかねたか、あるいは意識が遠のいたか、体勢を崩して転んでしまったらしい。
俺の足が動きを止めようとする。でも、同時に俺は横顔にオニルの視線を感じた。痛いほどに鋭い、突き刺さるような視線だった。止まりかけた脚がまた動き出す。ゆっくりと、ためらいを引きずりながら。
オニルは何と言った? 「一番遅いやつに罰を」。オニルの方を見る。その顔は残忍な笑みで歪んでいる。どう考えてもろくなものではない。先頭を走る一団は教練場の半周まで差しかかっている。倒れて喘いでいるナリナとサルワを見る。このまま放っておけば、二人が「一番遅いやつ」になるだろう。それでいいじゃないか。俺は再び走り出そうとする。けれども、速度は上がり切らなかった。本当にそれでいいのか?
もう一度、振り返る。サルワが立ち上がろうとしているのが見えた。膝で立ち、ナリナを助け起こそうとしている。ナリナがサルワに何かを言う。サルワが首を振る。ナリナを助け起こそうとする。でも、すぐに体勢を崩し二人して地面に崩れ落ちる。
「コチテ!」
俺は叫んでいた。少し先を走っていたコチテが振り返る。俺はナリナたちを指差した。コチテの目が大きく開く。コチテが俺を見て頷く。それを見るより先に俺は走り出していた。振り返ってサルワたちに向かって。
「コチテはそっちを」
「うん」
ナリナを指差して言う。コチテが頷き、ナリナを助け起こす。
「ほら、しっかり」
「なんら、おまえらあ」
サルワがろれつの回らない口で尋ねる。俺は「いいから」とサルワのでかい図体の下にもぐりこみ、持ち上げる。持ち上げようとする。ぐったりと力の入らないサルワの身体はひどく重たい。
「大丈夫?」
コチテが尋ねてくる。ナリナはサルワほど重たくはなさそうだ。俺は頷いてささやく。
「先に行け」
せっかく後戻りをしたのだ、全員で周回遅れになりでもしたら目も当てられない。コチテは黙ってうなずいて、ナリナに肩を貸しながら、軽快な足取りで駆け出した。
俺は顔を真っ赤にしてサルワを持ち上げようとする。
「どうした? リュウト!」
俺たちを眺めていたオニルが叫んだ。
「そんなヘタレ野郎を助けたところで、罰は免除しないぞ!」
オニルが厭らしい笑みを浮かべながら俺に言う。俺はオニルを睨み返す。
「いいから、おいていけ」
サルワが弱々しい口調で言う。俺は二人の言葉を無視する。サルワの身体を持ち上げるのを諦めて、引きずって動かそうとする。渾身の力で一歩踏み出す。顔を上げるとナリナとコチテの背中が小さくなっていた。俺とサルワは候補生の中でぶっちぎりのドンケツだった。くそったれだ。それでも、俺はサルワを置いていくことが出来なかった。俺の手はサルワの腕をつかんだまま放さなかった。
足音が聞こえた。先頭の集団が近づいてきている。早く進まなければ。俺は全身に力を籠める。
「どうした? なんか大変そうだな」
場違いなほどに朗らかな声が聞こえた。
振り返るよりも先に、肩にかかっていた重みが突然軽くなった。
【つづく】




