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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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7

「諸君、よくやった」

 その顔は傷だらけで、流れる血で真っ赤に染まっていたけれども、Mr.ウーンズはまるで痛みなんて感じてないかのように微笑んで言った。

「だ、大丈夫なんですか?」

 ミイヤが震える声で尋ねた。Mr.ウーンズは笑って頷いた。

「大丈夫だとも。このくらい。君たちこそ怪我はしてないな?」

「ええ、僕は」

「私も問題ありません」

 フーカとミイヤが答える。Mr.ウーンズの目が俺を見た。その目からはさっきの鋭さは消え、暖かな労りの光が宿っていた。

 俺は慌てて答えた。

「大丈夫です。俺も」

 Mr.ウーンズは満足そうに頷いた。

「君たちが無事ならミッションは完璧に成功だ」

 Mr.ウーンズはそう言って笑った。それから、ミイヤの後ろにある棚を指さして、どこかバツが悪そうな顔をした。

「その棚の裏にボタンがあると思うんだが、それを押してもらえないか」

「え、わかりました」

 戸惑いながらミイヤが棚の裏を探る。しばらくして通信ノイズが走り、声が聞こえた。どうやらそこに通信装置が隠されていたらしい。

『こちらヒーロー連盟、なにがあった』

 Mr.ウーンズはその場に立ったまま言った。

「こちら0416募集事務所、ウーンズだ。襲撃を受けた。撃退には成功したが、負傷した。応援を求む」

『了解した。すぐに向かう』

 声はそれ以上なにも聞かず、通信は切れた。

 Mr.ウーンズは立ったまま頷き、俺たちを見渡した。

「すまないが、今日は手続きはできそうにないな」

 その時になって初めて俺はMr.ウーンズの血まみれの顔におびただしい量の汗が浮かんでいるのに気がついた。

 Mr.ウーンズはもう一度俺たちの顔を見てから口を開いた。

「もしも、君たちが……まだ……」

 言葉は途中で途切れた。Mr.ウーンズの身体が崩れ落ちた。受け身も取らずに床に倒れ込む。

「Mr.ウーンズ!」

 フーカとミイヤがMr.ウーンズに駆け寄った。俺は咄嗟のことに驚いて動けなかった。

「大丈夫、大丈夫だ」

 Mr.ウーンズは微笑んだまま、呟き続けていた。



 程なくして扉が荒々しく開かれた。そこにいたのは白ずくめのずんぐりとした男だった。俺はその姿をヒーロー名鑑で見たことがあった。マンマゴットという名のヒーローだ。

 マンマゴットは複眼になっているゴーグルで事務所を見渡して、床に倒れたMr.ウーンズを見つけると素早く駆け寄った。

 Mr.ウーンズの巨体を軽く担ぎ上げると、マンマゴットの肩から白く細い触手が伸びてMr.ウーンズを覆った。 

「お前らは応募者か?」

 マンマゴットはここで初めて声を発した。低くくぐもった声だった。

「ええ、そうです」

 フーカが頷いた。マンマゴットは少し唸ってから言った。

「今日のところは帰ってくれ。片付けをせにゃならん」

 マンマゴットの複眼ゴーグルがギロリと輝き、ものが散乱してMr.ウーンズの血とギルマニア星人の体液が飛び散った事務所をスキャンした。

「あ、あの」

 ミイヤが上ずった声をあげた。

 マンマゴットがミイヤを見て、丸っこい首を傾げた。

「Mr.ウーンズは、その、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だ。そのために私が来た」

マンマゴットはおっとりとした、しかし力強く頷いた。



「あー、フーカ……さんもドクペでいいか?」

「あ、うん、大丈夫」

 所在なげに辺りを見回しながら降池堂の外のベンチに腰掛けたフーカが頷いた。俺は冷蔵棚から赤紫の缶を3つ取り出して、カウンターに佇む婆さんに電貨IDを差し出した。婆さんの赤縁の思考眼鏡がぴかりと光ってIDをスキャンし、PIP音が鳴った。

「あい、あい、まいどありね」

 俺は婆さんに軽く会釈すると、店からでてフーカとミイヤに冷たい缶を手渡した。

「ほらよ」

「ありがと」

「サンキュ」

 降池堂は学校の裏にある駄菓子屋だ。星間戦争が始まる前……どころか超人戦争の最中にはあったとさえ噂される由緒ある店で、ジョックが入り浸るバーにもナードが屯するジャンク屋にも居場所がない俺たちみたいな中途半端な連中の溜まり場として受け継がれてきた。

 フーカはベンチから身を乗り出して興味深げな顔で埃っぽい店内を見渡している。

 フーカのような女の子をこんな店に招くのは気が引けたが、俺たちがフーカたちのテリトリーに足を踏み入れるわけには行かない。

 事務所からの帰り道で、フーカを誘ったのはミイヤだった。


【つづく】

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