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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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「私はどんなことがあっても、ヒーローになったことを悔やみません。きっと、あの人がそうであったように」

 ナリナが叫んだ。それはまるで何か神聖なものに宣言するような声だった。

「そうか」

 オニルの目が一際鋭く細められ、ナリナを睨んだ。けれども、ナリナはひるむことなくその眼光受け止めた。

「トウド・フロッグの大奇跡か」

 オニルが呟く。ナリナの肩がピクリと動く。気をつけをしたまま、左の二の腕をさすっている。

 オニルのつぶやきは、聞き覚えのある単語だった。

 トウド・フロッグの大奇跡。

 それは華々しい名とは裏腹に、血まみれの夜の呼び名だ。

 ある地方の中心都市がギルマニア星人に襲撃された。その地方はドブガスカル合金の素材の産地であり、厳重な防御陣地が敷かれていた。しかし、いくつかの不運な偶然も重なり、ギルマニア星人の一団が防御基地に侵入し、占拠。防御を無効化し、呼応してギルマニア星人の軍団が一挙に都市に襲い掛かった。

 ヒーロー連盟が事態に気が付くより先に、都市は壊滅するかと思われた。

 しかし、この事件においてただ一つだけ幸運が人類に味方した。

 特級ヒーローコンビのトウドとフロッグがたまたま休暇でその都市に訪れていたのだ。

 絶望的な状況の中、二人は都市の生き残りたちをまとめ上げ、ギルマニア星人の軍団に苛烈な反撃を行った。

 そして、最後には二人の命と引き換えに基地の奪還に成功する。それはまさに奇跡のような所業だった。

「そうです」

 ナリナが頷く。その顔は平気な表情をしているが、その右手はせわしなく逆の腕をさすっている。さする右手の袖から痛々しい傷が見えた。

 トウド・フロッグの大奇跡を経て、その都市の人口は10分の1まで減ったという。

 ナリナはその生き残った側だというのだろうか?

「ナリナ君、お前は復讐のためにここに来たのか?」

「違います」

 ナリナは首を振る。

「では、なぜだ」

 ナリナは躊躇いなく答えた。

「ヒーローになるためです」

 オニルは何も言わなかった。笑ってもいなかった。ただ目を細めてナリナを見つめていた。

「だが、それを悔やむ日が来る。お前はトウドでもフロッグでもない」

「それでも、私はヒーローになるのです」

 確固たる決意の滲んだ声だった。

「そうか」

 オニルは短く頷いた。その声は少しだけぬくもりがあるように聞こえた。

 ナリナの顔がほころび、口が開いた。

「ぐぎゃ!」

 しかし、答える声の代わりにみじめな悲鳴が響いた。気がついた時にはナリナが地面にうずくまっていた。

「苦しいか?」

 オニルが言った。ナリナは腹を押さえ、嘔吐を繰り返し、身体を痙攣させている。

「今日が悔やむ最初の日だ」

 オニルがナリナを見下ろしてはき捨てるように言った。オニルの拳は固く握りしめられていた。

「な、なにを!」

 近くに立っていたサルワが最初に反応した。振り上げることなくまっすぐに拳をオニルに突き出……そうとした。だが、それよりもオニルの動きの方が早かった。オニルの拳が消え、サルワの顎のあたりに影が走った。

「うっ」

 サルワが小さなうめき声をあげた。力なく脱力して地面に倒れる。

「教官に手を上げるとは何事だ!」

 オニルがサルワに向かって怒鳴った。候補生の列にざわめきが走った。

「お前たち」

 オニルが俺たち候補生をぎろりと見渡した。

「お前たちにはっきり言っておくが、お前らのへなちょこなパンチが俺たちに届くと思ってもらっては困るぞ」

 俺たちの間に漂う困惑した空気を察したのか、オニルは「ああ」と足元で胃液を吐き続けるナリナに目をやった。

「お前たちにもう一つ言っておくことがあった」

 オニルは平坦な口調で続けた。

「ヒーローになるというのはこういうことだぞ?」


【つづく】 

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