66
「さて」
オニルはツカツカと高く足音を立てながら、サルワの前まで歩いた。
「サルワ君、だったかな」
「はい、私がサルワであります」
サルワは声を張り上げて答えた。俺は横目で二人の様子をうかがった。
サルワは身体の大きな男だった。背の高いオニルよりも頭一つ分背が高く、肩幅はその二倍くらいあった。年齢は俺と同じくらいだろうか。ひょうきんなその顔には隠しきれない笑いが覗いている。
「なにか、面白いことでも、あったかな?」
オニルはサルワの顔を覗き込んで、ゆっくりと言った。その顔はにっこりと笑っていた。笑っている? 俺は改めてオニルの顔を目で追った。その顔は確かに笑顔の形をしていた。けれども、形をかたどっているだけだった。その奥から滲み、覗いてくるのは、ぞっとするような残忍さだった。
「いいえ、そのようなことはありません」
「そんな活劇ごっこみたいなかしこまった言葉遣いはやめてもいいぞ」
「はっ、しかし」
サルワは困惑したようにオニルの顔を見下ろした。
「まあ、お前の考えていることはよくわかっているよ。つまり、俺と所長がお前たちに聞かせたのは、毎回やっているやりとりだと思ってるんだな?」
ぎくり、と俺の鼓動が高くなる。サルワほど顔に出してはいないにしても、少なからず思っていたことを言い当てられた気がしたからだ。
「なるほどなるほど、なるほど俺たちのさっきの会話は、活劇にでてくる頑固な教官と所長のやり取りとまったくおなじだってわけだ。わざわざお前たちを『ぼんくらども』と口汚くこき下ろしていると思っているわけだ」
たっぷりと、もったいぶった口調で言いながら、オニルは俺たちを見渡した。皆一様に居心地悪そう目をそらしている。
「お前たちは思っているんだろう? そんなのはきっと演技なのだと。テーマパークヒーロー訓練所にやってきたゲストを出迎えるキャストのサービス精神なんだと。そう思っているんだろう? こうして出鼻をくじいておきながら、訓練を重ねるうちに、お前たちの素質に気が付いて、次第に態度を改めて、最後にはお前らを満足した心意気で見送る教官の役目を演じているんだと、そう思っているんだろう? なあ、サルワ君」
「そんなことはありません」
「では、そのにやにや笑いをやめろ」
オニルの顔から作り物の笑顔が消た。心臓がすくむような鋭い声が叩きつけられた。
「いいか、俺がお前らに望むことは、ただ一つだ。ヒーローになりたいだなんて大それた妄想をゴミ箱に放り込んで、一刻も早く荷物をまとめて、おうちに帰ることだ」
笑顔の代わりにオニルの顔に浮かんでいるのは、恐ろしい怒りと軽蔑の表情だった。
「どうだ、サルワ君。今からでも遅くない、そのガタイだ。ヒーローなんてやくざな稼業じゃなくて、もっとお上品な仕事をいくらでもできるだろ? まずはお前からおうちに帰ってみるのはどうだ? 今なら荷物をまとめるのを手伝ってやるし、ママに電話をかけてやってもいいぞ」
「自分は、ヒーローになるためにここに来ました」
サルワの顔からも笑みが消えた。代わりにむっとした表情を浮かべ、サルワは言い返した。
「それが大それた願望だと言っているんだ。たしかサルワ君はお父上がヒーローだったな」
「はい、私はフライング・エイプの息子であります」
サルワは地面に目を落としながら、やや低い声で言った。並んだ訓練生の間にざわめきが走った。
フライング・エイプは中堅ながら、堅実に任務をこなすタイプのヒーローで、数々の区域を担当し、次々に治安を確実に改善していった。改めてサルワの顔を盗み見る。言われてみると確かにサルワはどこかフライング・エイプに似ているように思えた。
「俺に戦闘術の手ほどきをしてくださったのは、フライング・エイプさんだった。偉大な父上だな」
「はい、しかし、それは関係ありません。私は、私自身の意志でここにきたのです」
「ほほう」
オニルはサルワの顔を覗き込んだ。その顔はさっきよりもなお恐ろしくぞっとするような笑顔だった。
【つづく】




