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「あー、はぁあああ」
教練場にやってきたその男は整列した俺たちを見て、深いため息をついた。背の高い男だった。木片を削ったような高く尖った鼻、深い皺の刻まれた広い額、それに驚くほど透き通った緑色の目をしていた。
その目がもう一度俺たちを見渡した。もう一度深いため息。この男は何者で、なぜこんなに無念そうにため息をつくのだろう。俺は隣に立つコチテと目線を交わし合った。列に並んだ20人ほどの訓練候補生の仲間たちも同じように不安げに互いを横目で見合っている。
「よそ見をするな」
鋭い声が広い教練場に響いた。さまよっていた20対の目が一斉に男に集まった。
「お前たちが、今回の訓練候補生か」
男はえぐるような目で俺たちを睨みつけながら忌々しそうにつづけた。
「非常に、残念だ」
「まあまあ、オニル教官。いきなりそんな風に言われたらみんな困っちゃうでしょ」
不意に軽やかな声が聞こえた。俺は驚いて声の方を見た。教練所の入り口に人影があった。男、オニルと呼ばれた教官、とは対照的に華奢で小柄な人影だった。人影がこちらに歩いてくる。それは女の姿に見えた。長い金髪を後ろで一本にまとめているのがまるで尻尾のように揺れていた。
その姿には見覚えがあった。昨晩行われた訓練所に入る際のオリエンテーリングで所長として挨拶をしていた女性で、テイチャという名前だった。一日中突きまわされながら、あっちに行かされこっちに行かされ、腹ペコでようやくありついた晩飯を食いながらだったので、なにを話していたかはよく覚えていないけれども。
「テイチャ所長、しかしですな、見てくださいよ。このぼんくらどもを」
オニルは俺たちを指さしながら言った。テイチャはまあまあと、オニルを抑えながら俺たちを見た。その目線はオニルのものほどは軽蔑の感情が乗っているようには思えなかった。
「それを何とかするのが君の役目でしょう」
「それにしたって限度はあります」
「大丈夫、毎度毎度そう言いながらなんとかやってくれているじゃないか」
「そうは言いますけどね、これですよ」
オニルは激しい口調で俺たちを指さした。俺はあっけに取られて二人のやりとりをただ眺めていた。
ぷっ、と噴き出す音が聞こえた。横目でそちらを見る。候補生の一人――たしか、サルワという男だったか――がこらえきれないと言った様子で吹き出し、口元を抑えていた。
「ほう」
その声はオニルにも聞こえたらしい。オニルがぎろりとサルワを睨んだ。
「なにか面白いことがあったようだな」
「いいえ、教官。とんでもありません」
サルワはピンと背を伸ばし答えた。
「なるほど、我々が定番のコントをしていると、貴様は思っているようだな」
「そんな! 違います」
サルワは必死な口調で答えた。でも、その口元は面白がるように緩んでいるように見えた。
け「テイチャ所長、少し手荒にしても大丈夫ですかな」
「必要なら仕方があるまい」
テイチャは肩をすくめた。任せる、と付け加えてオニルの肩を叩き、俺たちに背を向ける。
去り際にテイチャがちらりと俺たちを見た。相変わらず温厚そうな穏やかな笑みを浮かべていた。れどもその目を見て俺はぞっとした。表情とは裏腹にその目には何の感情も込められていなかった。
失望も、憐みも、あるいは期待のようなものさえも。
【つづく】




