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「なんだよ」
コチテが俺を睨んだ。俺の心臓がドキリと跳ねる。コチテは想像していたよりもずっと不機嫌そうな表情をしていた。俺は口を開けて、何も言わずに閉じた。
「リュウト」
ミイヤが俺の名前を呼んだ。騒がしい店内でもよく聞こえる低い声だった。俺は目をそらした。
「悪かったよ」
小さく呟く。声は聞こえるか聞こえないかの境目の大きさになった。
「いいけど」
コチテが答えた。俺の声はちゃんと伝わったらしい。それで良かったのか良くなかったのか俺はすぐには判断できなかった。
「あー」
ミイヤは俺とコチテ見比べてから声を漏らした。
「コチテ、試験合格できてないんだよ」
「そうだよ」
コチテが答え、ため息をつき、一瞬天井を仰いでから向き直る。その形のいい口元はいつもよりは少しだけ気まずげな笑顔を形作っていた。
「筆記も、実技も問題ないはずなのにさ、なぜか受かんないんだよね」
「えー、面接で落ちてるってこと?」
ミイヤが首をかしげると、コチテは黙ってうなずいた。俺は咳払いをして口をはさんだ。仏頂面で二人の隣に座り続けるのは居心地が悪い。
「面接突破者の意見をうかがわせていただきたいんだが、面接って厳しいのか?」
「ううん」
ミイヤは怪訝な顔で首を振った。
「訓練所でも、なんどか試験を受けなおしたって言ってる人はいるけど、面接で落ちたって人はほとんど聞かないかな」
「そっか」
がっくりとコチテが肩を落とす。それを見てミイヤは慌てて尋ねる。
「ああ、そうじゃない。そうじゃなくて、え、でも、じゃあどんなこと聞かれたの?」
「色々聞かれた気はするけど」
コチテは眉間にしわを寄せて、中空を見つめた。
「あー、でも毎回聞かれたのは『なんでヒーローになりたいのか』ってことかな」
「それで、なんて答えたの?」
「普通に『みんなを守りたいから』とか、なんかそういう当たり障りのないことを言ったぜ」
「なるほど」
ミイヤはコチテの言葉を聞いて頷いた。コチテは腕を組み首をかしげながら続ける。
「でも、別に変な理由じゃないだろ? さっき言ってた理念とそんなに変わんないし」
「もしかしてさ」
ミイヤがコチテの顔を覗き込んだ。
「なに?」
「面接官、スナッチャーさんだったりした?」
「そう、だけど」
コチテはおずおずと頷いた。ミイヤは再び首をかしげながら呟いた。
「だからかもしれないな」
「あの人なんかあるのかよ?」
コチテが尋ねる。俺もミイヤの声になにか不穏な響きを感じた。スナッチャーの顔が浮かぶ。あの人畜無害なふりをした笑顔と細められた目の奥の鋭い輝き。
ミイヤが尋ねる。
「コチテ、また試験を受けるつもりはあるの?」
「ああ、あるよ」
ごくりとつばを飲み込みながらコチテは頷く。ミイヤはコチテに顔を寄せて声を潜めて言った。
「だったら、次はもっと正直に話してみてもいいかもしれないね」
【つづく】




