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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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「そうは言ってもだよ」

 ミイヤは困ったように頬を掻いた。

「僕も訓練所に入ったばかりだから特に話せることなんてないんだけど」

 そう言って、ミイヤは目の前に置かれた泡がたくさん載った液体を一口すすった。それはコチテが注文したもので、正式な名前はヒーローの合体技並みに長い名前だった。俺もコップに入ったそれを口に運ぶ。甘くて温かな香りが広がる。

 コチテに案内された喫茶店はとても明るくてにぎやかで、俺たちがたむろしていた降池堂とは真逆の店だった。俺は落ち着かない気持ちで背の高いスツールに座り直した。

「でも、ミイヤ君、前に会った時と全然変わってるじゃん」

「そう?」

 ミイヤはコチテの興味深そうな視線を居心地悪げに受け止めていた。コチテの言葉につられて俺も改めてミイヤを観察してみる。

「確かになんかがっしりしたよな」

 再会した時には気が付かなかったが、改めて見てみるとコチテの身体は分厚くなっているように思えた。最後に別れた時は俺よりも細かったはずの肩幅が、今では俺と同じか少し広いくらいになっている。

「なんかすごい訓練とかしてるの?」

 興味津々といった様子でコチテが尋ねる。自分の古巣にもどったからかいつもの元気を取り戻しているようだった。

「そんな特別なことはしてないよ。ただずっと走ったり、物運んだり、トレーニングしたり……それくらいかな」

「えー、そんなん普通の訓練じゃん。それでそんなになるの? なんかヒーロー連盟の特訓とか、特別栄養剤とか改造手術とかあったりするんでしょ? 本当は」

「いやいや、まだ、早いよ」

 ミイヤは苦笑を浮かべながら否定した。その言葉に俺は引っかかった。

「まだ、早い?」

 反応して言葉を繰り返したのはコチテだった。ミイヤの目が大きく開き、その視線が虚空を泳ぐ。

「あー」

 ミイヤの口から曖昧な音が漏れる。

「これから特訓とか、特別栄養剤とか、改造手術があるってことかい?」

 バランスの悪い机の上に器用に身を乗り出して、コチテがミイヤに迫った。

「あー、それはちょっと言えないんだけど」

 気おされながらミイヤは強張った顔で答える。目線だけで俺に助けを求めてくる。ミイヤの言葉を追求したい気持ちはあった。でもそういうわけにもいかないだろう。手紙では訓練の内容さえ機密として伏せられていた。こんなところで大っぴらに話せるわけがない。

 俺は少し話題を考えてから口をはさんだ。

「コチテはヒーローになりたいんだよな」

 コチテの視線が俺に向く。その口元がわずかに強張った。

「まあね」

「え、そうなの?」

「そうなんだよな」

 ミイヤが再び目を見開く。俺はミイヤの言葉をつぐようにコチテに話を促した。コチテは頷いて答えた。

「ああ、そうなんだよ」

「さっきの先輩ってそういうこと? でも、意外だね。コチテ、ヒーローになりたいなんて全然言ってなかったから」

「なりたくなったの、最近だから」

「へえ」

 今度はミイヤが目を輝かせた。危なっかしくテーブルに手をついてコチテの顔を覗き込む。

「それはまた、なんで?」

「あー」

 ミイヤの勢いに押されて、コチテが目をそらす。ずいぶん困った様子だったので、俺は再び助け舟を出すことにした。

「全然関係ないけれど、たしかミイヤ、今フーカと同じ訓練所にいるんだっけ?」

「え? そうなの?」

「ん?」

 俺の言葉に先に反応したのはコチテだった。ミイヤは不思議そうな顔で頷いた。

「うん、そうだけど? それがどうしたの?」

「いや、元気してるのかなと思って」

「ああ、元気だよ」

「なんて言ったってあのフーカ様だしな。訓練所でもバリバリやってるんだろう?」

「うん、まあね」

 ミイヤは頷いた。何かが引っかかる。ミイヤの言葉はどこか歯切れが悪かった。

 ミイヤの目が泳ぐ。さっきよりもうろたえているように見えた。

「フーカがどうかしたのか?」

 コチテが尋ねる。俺は今度は助け舟を出さなかった。

 そうするには答えが気になりすぎる話題だった。


【つづく】

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