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Mr.ウーンズの姿が消え、フーカに刃腕を伸ばしていたギルマニア星人の一人が吹き飛んだ。Mr.ウーンズが体当たりで突き飛ばしたのだ。さらに目にもとまらぬ早業で一人を殴り倒し、別の一人の触手塊に拳を叩きこむ。だが、その隙に最後の一人がMr.ウーンズの伸びきった拳をわき腹から延びる太い触手、側腕で掴んだ。
Mr.ウーンズは側腕を振り払おうとする。だがギルマニア星人はしっかりとつかんで離さない。
「このお!」
風花が叫んでギルマニア星人を殴りつける。ギルマニア星人はまるで気にせず、刃腕を振り上げた。
――なんとかしなければ
頭の中にそんな言葉が浮かぶ。でもなにを?
ヒーローでもない俺に何ができるというのだろう。
ギルマニア星人の甲殻はぶ厚く、硬い。俺が殴りつけたところで何も効きやしないだろう。
それに、それだけじゃない。
もし何かをして、それで攻撃に巻き込まれたらどうなる?
ギルマニア星人の恐ろしい刃腕がギラリと光る。その鈍い輝きを見ると俺は腰が抜けて、立ち上がることさえできなくなった。
事務所に流れる時間がひどくゆっくりになったように思えた。振り上げられたギルマニア星人の刃腕がMr.ウーンズの残された腕めがけて振り下ろされる。俺は思わず目をつむりそうになった。
「う、うわああああ!」
時間の鈍化した世界に、叫び声が響いた。
ミイヤだった。
ミイヤは立ち上がり、頭の上に机を持ち上げていた。
「その手をはなせえええ!」
ミイヤが叫び、机を投げつけた。ギルマニア星人は躱そうとしたが、間に合わない。大きな鈍い音を立てて、机がギルマニア星人の頭に直撃した。
Mr.ウーンズを掴む手が緩む。
その隙に、Mr.ウーンズは腕を振り払い、そのままの勢いでギルマニア星人の大天眼の触手の根元に拳を叩きこんだ。
「ひょらあれぃ!」
耳障りな叫び声をあげてギルマニア星人が倒れる。
Mr.ウーンズが残身を解き、振り向く。その時ぞっとするような声が事務所に響いた。
「そこまでだ」
最後に残っていた、リーダー格のギルマニア星人だった。ギルマニア星人はいつの間にか刃腕をむき出しにしていた。他よりギザギザと凶悪な形をしていて、大きな刃腕だった。
刃腕はやけによく見えた。大きいからだろうか。
違う。頭が働かない。働かない頭が、浮かんだ仮説を否定する。刃腕がよく見えるのは、目の前にあるからだ。
目の前に?
鈍った頭が答えにたどり着く。辿り着いてしまう。
その刃腕は俺につきつけられていた。
飛び出しかけた悲鳴をかろうじて口の中に閉じ込める。
「腕は鈍っていないようだな。うれしいよ」
「貴様!」
残忍に笑うギルマニア星人のリーダーにMr.ウーンズが跳びかかろうとする。
「おっと、動くなよ。お前たちはこういう小僧を見捨てられないんだろ」
だが、その前にギルマニア星人は刃腕をひらひらと蠢かせた。Mr.ウーンズの動きが止まる。
活劇なら「俺のことをかまうな」とでも言っている場面かもしれない。でも、目の前でギラつく刃腕を見ると、恐怖で口が凍り付いて、何も言えなかった。
これは活劇じゃない。余計なことをしたらこのギルマニア星人は躊躇なく俺の喉を引き裂くだろう。
「何が望みだ」
Mr.ウーンズが悔しそうに尋ねた。
「別に、言っただろ。今日は挨拶に来ただけだと」
「ずいぶん乱暴な挨拶だな」
「そいつらはお前に思うところがあったみたいだが」
触手で地面に転がる部下たちを指しながらギルマニア星人が言った。
「このあたりで帰らせてもらうぞ」
「その子はおいていけ」
Mr.ウーンズはギルマニア星人を睨んだまま言った。
「勿論さ。こんな足手まとい連れていくつもりはない。だが、お前が追ってこんとも限らんな」
少し考えてからギルマニア星人は形容しがたい軋み声をあげた。
「ふぃらあひゅあ」
その声に反応して床に転がっていた部下たちがよろよろと立ち上がる。
「命までは取らん、動くなよ」
ギルマニア星人が冷酷な口調で言った。
「じゅら」
短い号令とともにギルマニア星人の部下たちはいっせいに刃腕を振り上げ、振り下ろした。
「ぐううう!」
Mr.ウーンズが呻き声を上げた。Mr.ウーンズの体中に深い傷が刻まれ、血が噴き出した。
「Mr.ウーンズ!」
ミイヤが叫ぶ。Mr.ウーンズは手でそれを制した。
「私は大丈夫だ。それより」
Mr.ウーンズはギルマニア星人のリーダーに向かっていった。
「これで私は追えない。その子を離せ」
「まあ、良いだろう」
刃腕が引っ込められた。
「ごぞおぉぞ」
リーダーが唸り、扉に向かうと部下たちもそれに従った。
「ごろぎがが」
最後に一匹残ったギルマニア星人(Mr.ウーンズに大天眼の根元を殴りつけられたやつだ)はMr.ウーンズのそばで立ち止まり、もう一度刃腕を振り上げた。
「ぐうう!」
Mr.ウーンズの額に傷が走り、血が噴き出す。
「貴様!」
「やめろ!」
激高するフーカをMr.ウーンズが止めた。
「うゅら」
ギルマニア星人は嘲るような軋み声を一つ上げて、事務所から出ていった。
【つづく】




