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声を聴いて俺はとても混乱した。聞いたことのある声だった。でも、この声の主がこんな口調をするとはとても思えなかった。混乱した頭で振り返る。
「コチテ?」
そこにいたのは声から予測した通りの人物だったけれども、俺はその顔を見て更に混乱した。
「お前、大丈夫かよ」
思わず、声が口から洩れる。
「なんだよ、いきなり。ずいぶんだな」
俺の言葉に口を尖らせたのはコチテだった。その顔は酷く青ざめていた。コチテがそんな顔をしているのなんて初めて見た。俺はコチテの背後に目をやった。劇場の扉は開き、薄く音楽が流れてくる。耳になじんだ曲、ファイヤー・エンダーのテーマだ。
「コチテ、ファイヤー・エンダーの活劇見たのか」
俺は尋ねた。コチテの目がふいっと泳いだ。
「ああ」
コチテが頷く。かすれた声だった。俺は目を見開いた。
あの場に、ファイヤー・エンダーの最期に居合わせたのはコチテも一緒だった。コチテも同じものを見ていたはずだ。燃える工房と、バラバラになったファイヤー・エンダー。
コチテの顔色の理由が分かった気がした。
「なんで?」
出てきた言葉はそれだった。
「見ておかないといけない気がしたんだ」
コチテの弱々しい目が俺を見た。弱々しいくせに確かな意思を感じる目だった。俺は目をそらし、扉が開いたままの劇場を見た。清掃ロボットが席の間を動き回って次の回の準備をしているのが見えた。「へえ」と曖昧な声が口から洩れる。
「でも、意外だね、コチテ君も活劇とか見るんだ」
二人の間に漂う空気を打ち払うように、ミイヤが明るい声で言った。コチテは「まあね」と曖昧に笑った。
「二人も見たんだ?」
コチテが尋ね返してくる。俺も苦笑いを作りながら答えた。
「そうなんだけど、ちょっと、途中で出てきちゃった」
「ああ……そうなんだ」
頷くコチテの声はどこか沈んだ声だった。俺は首を振って付け加えた。
「ちょっと、どうしても腹具合が悪くなってよ。な、ミイヤ」
「え、ああ、うん。まったく、始まる前に行っておかないからだよ」
ミイヤは一瞬キョトンとした顔になったが、すぐに話を合わせてくれた。こんな時に気心の知れた友人は助かる。「悪かったよ」と謝りながら様子をうかがうと、コチテは怪訝な表情で首をかしげていた。
なんで嘘を付け足したのか自分でもわからなかった。コチテに同情されるのは気に食わなかった。そう思われたからなんでもない、というのはわかっているのだけれども。
「出すもんだしちまったから、どっか飯でも食ってこうかと思ってさ」
「リュウト」
俺がおどけて言うとミイヤは鋭い目を向けてきた。俺は目をそらした。さすがにふざけすぎたらしい。
「ああ、そうなんだ」
コチテの目にはまだ訝し気な色が残っていたけれども、それ以上何かを聞いてくることはなかった。
「あのさ」
代わりに、コチテは言った。
「どっか行くなら一緒に行ってもいい? 俺も腹減っちゃってさ」
今度は俺が首を傾げる番だった。コチテの目はミイヤに向けられていた。ミイヤとコチテはそこまで親しい間柄ではなかったはずだ。完全に属しているグループが違ったからだ。
コチテと俺が話すようになったのは、ミイヤがヒーロー候補生訓練所に行ってしまった後だった。
それなのにコチテは何かミイヤと話したいことがあるようだった。
「いいけど、なにかあったの?」
ミイヤが首を傾げる。ミイヤも不思議に思っているようだった。
コチテは俺たちに顔を寄せて小声で尋ねてきた。
「あれでしょ、ミイヤ君って訓練所に行ってるんでしょ」
「そうだけど」
「ちょっと、先輩にいろいろ聞いときたくてさ」
コチテはミイヤに向かって片目をつむりながらそう言った。
【つづく】




