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「そっか」
黙り込んでうつむいたまま俺は、ミイヤの声を聞いた。顔を上げる。ミイヤは感情の読み取れない表情をしていた。俺は声に笑いを混ぜ込みながら言う。
「なんだよ、うれしくねえのかよ」
「うれしいはうれしいけどね」
ミイヤは少し困ったように眉を寄せた。うーん、と少し考えてから続ける。
「訓練、むちゃくちゃキツイよ」
「知ってるよ」
俺は笑ったまま答えた。ヒーローになるための訓練が厳しいのはよく知っている。名鑑にも載っていたし、ミイヤから送られてくる手紙の端々からもその過酷さが読み取れた。
「リュウトが思ってるよりもずっと、きついぜ」
「何言ってんだよ、お前が耐えれる訓練に、俺が耐えられないわけねえだろ」
「お、言ったな」
俺がわざとむくれて見せると、ミイヤはおどけた調子で返してきた。横目でミイヤの顔をうかがう。胸がどきりと鳴る。笑うミイヤの細められた目の端に、見慣れぬ鋭さがあった。
その眼は俺の頭の中を覗き込み、真意を探ろうとするような鋭い目つきだった。以前のミイヤはこんな目つきをすることはなかった。俺は思わず目をそらした。
「どした?」
ミイヤが首をかしげる。俺は「なんでもねえよ」と誤魔化した。ミイヤは不思議そうな表情を浮かべたまま笑って肩を竦めた。
「でも、きついのは本当だよ。覚悟しときなよ」
「アドバイスありがとうよ」
「もし、同じ訓練所になったら、先輩として助けてあげるからさ」
ミイヤは俺の肩を叩きながら言った。
「わー、お前が先輩になるのかよ。やっぱやめとこうかな」
「お、そんななまっちょろい覚悟でヒーローになろうってのか?」
ミイヤは大げさに肩をいからせた。
「いいえ、まさか、私は何としてもヒーローになって、弱きものを守りたいのであります」
俺は大仰な口調で胸に手を当てて返すミイヤの言葉も俺の言葉も、昔二人で見た何かの活劇によく出てくる台詞だった。
「でも、金のためなんだろ?」
ミイヤがくすくすと笑いながら言う。でも、その声には鋭い疑い深さが潜んでいるように思えた。俺は何も気づかないふりをして笑い返しながら答えた。
「ああ、そうだよ」
笑ったままミイヤの目をじっと見る。ミイヤも笑っていた。でも、その細くなった目は確かに俺の目を覗き込んでいた。
短い間があった。
「そっか」
ミイヤは頷いた。
「まあ、リュウトがヒーローになりたいって言うなら僕には何も言えないね」
「ヒーローになりたいっていう奴を止めることはできない、だろ」
「まあね」
ミイヤはすまし顔で肩を竦めた。それから少しだけ目をつむって唸った。
劇場の扉の向こうから、壮大な音楽が聞こえてくる。活劇は終わり、エンドロールに入ったようだった。
ミイヤが目を開く。
「でも、リュウトがヒーローになりたいって言ってくれてうれしいのは本当だよ。ようこそヒーロー連盟へ」
そう言ってミイヤは笑った。今度は心からの微笑みのようだった。すくなくとも俺にはそう見えた。
【つづく】




