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「俺はあの工房を受け継ぐはずだった」
俺に言葉を紡がせるのは、あの焼けた工房の光景だった。その光景は俺の胸の中でふつふつと熱くなっていた。
「だが、まだお前の工房じゃない」
父さんが鋭く答え、続けた。
「お前が何かを背負う必要なんかない」
言い返すことを許さない毅然とした口調だった。でも俺の中の声は俺を黙らせるつもりはないようだった。父さんは俺をじっと見つめてきた。俺も父さんの目を見つめ返した。
「あー、親父さん」
にらみ合う俺と父さんの間に、突然言葉が投げ込まれた。
スナッチャーだった。スナッチャーは俺たちの顔を見比べながら言葉を続けた。
「もし、本当にリュウト君がヒーローになりたいというなら、それを止めることはできませんよ」
わざとらしく真面目腐った顔のスナッチャーに、父さんは顔をしかめ、首を振りながら答えた。
「スナッチャーさん、それは分かっていますけれどね。でも、これはそうやつじゃないでしょう」
「そうですかね」
ふむ、と首を傾げて、スナッチャーが俺を見た。
「リュウト君、君はヒーローがどういうものかは知ってるね」
「ああ、知ってるよ。名鑑だって読んだ」
「それだけじゃないよ。正直言って、トップヒーローの報酬だって危険に見合ってるとはいいがたい」
そう言って、スナッチャーは右腕を持ち上げた。その腕には包帯がまかれていた。包帯が作る輪郭は中身が想像できないほどにいびつな形をしていた。
「それも、知っている。よく知ってる」
俺は頷く。血まみれの笑顔。銀色の破片。守るべきものを守る。連盟の理念はお題目じゃない。全員がそれを実行して身を捧げる。報酬なんてその危険の割に合わない結果に過ぎない。知っている。そんなことはよく、知っている。知りすぎるほどに。
「それでも、君は本当に、ヒーローになりたいのかい?」
スナッチャーが俺をじっと見つめる。鋭い目だった。俺の頭の中を覗いて掴み出すような目つきだった。俺は鼓動が早くなるのを感じた。目をつむり、縮こまりたくなる。でも、俺は目をそらさずに、その目線を受け止めた。
「ああ、そうだよ。俺はヒーローになるんだよ」
俺は頷く。
認めたくないことだが、言葉は嘘じゃない。それは本当の気持ちだった。
俺は、ヒーローになりたいと思っているのだ。
「本当なんだね」
「ああ」
もう一度、頷く。
「そうか」
スナッチャーが鋭い目を細めて笑った。
「なぜか、を聞いてもいいかい?」
問われて、俺は自分の頭の中を覗き込む。スナッチャーのまなざしに誘われるように。頭の中でレーザーで成形したドブヶスカル合金のように固まりつつあるものを言葉に変換しようとする。
言葉はなかなか出てこなかった。スナッチャーは何も言わずに俺の言葉を待っていた。
しばらくの沈黙の後に、ようやく思いは言葉になって俺の口から転がり出た。
「俺は、もう嫌なんだよ」
【つづく】




