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「何を言ってるんだ、お前は」
父さんが呆れたように言った。
「落ち着いて、リュウト君。混乱してしまったんだね」
スナッチャーが落ち着いた声で言った。
「ごめんね。君のいるところで話すべきことじゃなかった」
「いいや、そうじゃない」
俺はもう一度首を振った。スナッチャーの言葉は正しかった。俺の頭はまだぐるぐると渦を巻いていた。冷静な判断ができているとは思えなかった。それなのにただ一つの方向だけが見えていた。俺は自身が発した言葉を嘘だと思うことができなかった。俺の口が勝手に言葉を吐き出す。
「だって、ヒーローになったら金たくさんもらえるだろう?」
「リュウト、ヒーローはそんなことのためにヒーローをやってるんじゃないんだぞ」
父さんが言う。それは知っている。俺も自分の言葉に顔をしかめる。ヒーロー連盟の理念はお題目じゃない。ヒーローはみんな誰かを守るために戦っている。それは俺も知っている。笑うMr.ウーンズ、ファイヤー・エンダー、ミイヤの母さん。よく知っている。知りすぎるって言うほどに。それなのに、言葉は続く。
「そりゃあ、そうさ。報酬は結果に過ぎないって言うんだろう。でも、デカい金をもらえるってのも本当だろ? 俺がヒーローになってよ、でっかい任務一発こなしてよ、そしたら機材の支払いだって、すぐに返せるだろ?」
「リュウト」
父さんが俺の名を呼んだ。俺は目線を上げて父さんの顔を見た。俺の身体がびくりと震える
「私はお前に身売りをさせるつもりはないぞ」
その顔に浮かんでいるのは怒りだった。俺が悪いことをしたときにしかりつける、あの厳しくて静かな怒りの表情だ。
「そうか」
父さんは何かに納得したように頷いた。
「お前は、技術学校を続けたいんだな?」
「別に、それは」
「そうじゃなかったらお前がヒーローになりたいなんて言い出すわけないものな。わかった。でも、少しだけ待ってくれないか? 休学という形にしてもらって、父さんが上手く算段をつけるから」
俺は父さんの言葉を遮った。
「俺はヒーローになりたいんだよ。前に俺がヒーローになりたいなら、止めないって言ったじゃないか」
「それは、お前が本当にヒーローになりたいと思ってるなら、の話だ。そうじゃないんだろ? 今のお前は自分のやりたいことができないからって、駄々をこねてそんなことを言っているだけじゃないか。そんな一時の気の迷いのためにお前の人生を捻じ曲げちゃいけないんだよ」
「違う」
俺は首を振った。
「一時の気の迷いなんかじゃない」
そう言い返す。そうだ。これは気の迷いじゃない。
――本当か?
俺の中で疑問が浮かぶ。
――本当だ。
俺の中で答える声があった。
工房が俺の頭の中に現れる。黒焦げで、すべてが燃え尽きた工房が。
すべては失われてしまった。機材も、資材も、それ以外のすべても。
【つづく】




