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「は?」
ミイヤから漏れた声は今まで聞いたことのない声だったし、目を見開いた顔も見たことが顔だった。この顔を見れたことだけが、不愉快な決断にまつわる唯一の愉快なことだったかもしれない。
「なんで?」
呆然とした顔で、ミイヤが口をパクパクさせる。俺は体を起こした。まだ動悸は収まっていなかったけれども、口を利くことくらいはできた。
「スナッチャーに誘われてよ」
「でも、だって、リュウト、あんなにヒーローにはならないって、言ってたじゃん」
「まあな」
ミイヤの口調は別段俺を責めるような口調ではなかった。心のそこから不思議に思っているような声だった。そりゃあ、そうだろう。ミイヤにこのことを言ったら、きっとこんな反応をするだろうと思っていた。それでも、言葉は俺の喉の奥につっかえて上手く出てきてくれなかった。俺は舌先で唇をそっと湿らせた。
どこから話すべきだろうか。考える。
ミイヤは何も言わずに俺の言葉を待っていた。
「別に、突然ヒーローになりたくなった、ってわけじゃねえんだ」
「うん」
ミイヤは頷いた。俺は床を睨みながら言葉を探した。無意識に靴のつま先がとんとんと床を叩く。
「家が、焼けたんだよ」
「うん。知ってる」
ミイヤはもう一度頷いた。いつもの穏やかな声だった。
「工房も、全部」
「うん」
口から出る言葉は思ったよりもゆっくりと発音された。さっきの活劇の中の炎が頭の中によみがえる。息が荒くなる。
「父さんも、怪我をして、それで」
活劇場の中から爆発音が聞こえた。びくりと、俺の背中が強張る。ミイヤが俺の背中を撫でる。俺はできるだけ明るい声を作って言った。
「まあ、それで金がなくなっちまってよ。じゃあ、仕方ねえからヒーロー訓練生になるかって。ほら、訓練生になったら、訓練の間も給料出るんだろ」
「うん」
「だから、ちょうどいいって、思ってよ」
「技術学校はどうするの?」
ミイヤの問いかけに、俺の言葉は詰まった。少しだけ間ができてしまう。俺の口からため息が漏れてしまう。暗い口調にするつもりはなかったのに。
「金がねえからよ。休学、ってことになるんだと思う。任期が明けて、行けるようだったらまた行く」
「でも、保障はあるはずだろ? ギルマニア星人の攻撃だったんだろ?」
「ああ、そりゃあな。でもよ」
寸でのところで、転がり出かけた言葉を呑み込む。ミイヤが首をかしげる。
「でも、なに?」
「そんなんじゃ、足りねえんだよ」
「そうなんだ」
「ああ」
俺は目をそらしてはき捨てた。
その言葉は嘘じゃなかった。でも、完全に本当というわけでもなかった。




