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あの時、俺は活劇を見るのなんて平気だと思っていた。
少なくとも、平気なようにふるまえると思っていた。
だって、結局あの活劇なんか嘘っぱちだった。音も熱風も生ぬるい偽物だった。だいたい本当は爆発までの猶予なんて一瞬もなくて、ファイヤー・エンダーとスナッチャーが言葉を交わす暇なんてなかったはずだ。だから、あんな活劇なんか、偽物で嘘で、本当じゃない。そのはずだ。わかっているのに、わかっているはずなのに実際に活劇場の客席に座って、画面に没入していると、まるで自分があの炎の中にいるように、あの炎の中にまた戻っているように思えて、それで皮膚がちりちりと熱くなり、肺が焼かれたように息苦しくなって、それで俺はその後の場面を想像して、もう見ていられなくなって、こうしてロビーのソファにうずくまっているのだった。
閉じた瞼の中で炎が揺れていた。その炎の周りにチカチカと何かが反射している。銀色の欠片だった。ファイヤー・エンダーの欠片だ。欠片の中でファイヤー・エンダーが微笑む。ヒーローの微笑みだ。あの見る者を安心させる微笑みだ。その微笑みはMr.ウーンズの顔になり、婆さんの顔になり、あの女ヒーローの顔になり、そしてミイヤの微笑みになった。
「リュウト」
声が聞こえた。俺は顔を上げた。そこにはミイヤがいた。でも、微笑んではいなかった。心配そうな、困ったような顔をしていた。それで俺は少し安心した。
「悪い」
俺はそう言った。
「大丈夫だと思ったんだけどよ」
「うん」
「思ったより、駄目だった」
「うん」
ミイヤは頷いただけで、何も言わなかった。ただ心配そうな顔のまま、俺の背中を撫で続けた。みっともないところを見られて、ばつが悪い気持ちと、なんだか不思議と落ち着くような気持に挟まれて、俺もなにも言わずにされるがままになっていた。ヒーローの訓練の成果だろうか。それとももとからミイヤはこういう奴だっただろうか。双だった気がする。
ロビーは他に誰もいなくて静かだった。時々活劇場の分厚い壁を貫通して爆発の音が聞こえた。ヒーローの活劇ではひっきりなしに爆発が起こる。そのたびにヒーローたちは画面の中であの微笑みを浮かべる。
ぼんやりとした頭で口を開く。
「なあ」
「うん?」
「訓練所では笑い方も習うのか?」
「笑い方?」
ミイヤが首を傾げた。
「あの、笑い方だよ」
俺はポスターを指差した。大写しになったファイヤー・エンダーの口元が緩やかな微笑みを浮かべていた。
「ああ」
ミイヤはクスリと笑った。
「別に習うわけじゃないんだけどね」
「へえ、ヒーローってやつはみんな同じように笑ってるから、そういう授業でもあるのかと思ってた」
「確かに、みんなよく笑うよ」
そう言うミイヤの唇がゆっくりと弧を描き、微笑みの形を作る。
「それが移るのかもしれない」
「そうか」
ミイヤは少し考えてから、口を開いた。
「だって、笑っている方が助けられる人も安心するでしょう」
「そうかもな」
ぼんやりと、俺は頷いた。確かにミイヤが笑っているのを見ると、少しだけ心が落ち着くような気がした。少なくともそれが血まみれの顔でないのならば。
「俺も、そんな風な笑顔ができるようになるのかな」
「リュウトは別にヒーローにはならないでしょ」
「いや、なるよ」
俺はミイヤを見上げながらゆっくりと首を振った。今がミイヤに伝えるのにちょうどいい時のように思えた。俺は言葉を続けた。
「俺、ヒーローになることにしたんだわ」




