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だが、刃腕がMr.ウーンズに届くことはなかった。今度も何があったのかはわからなかった。ただ、気が付いた時にはMr.ウーンズに襲い掛かった男が壁に叩きつけられていた。大きな音がして、棚の書類がばらばらと飛び出した。
Mr.ウーンズもいつのまにか左腕の拳を振りぬいた姿勢で残身していた。
「ぐら、ぐわうぃわぃら!」
大天眼のないギルマニア星人が鋭く叫んだ。残っていた三人のギルマニア星人の姿が消える。次の瞬間にMr.ウーンズを取り囲み、刃腕を振り上げる。完璧に同期した動きだった。
「ああ!」
思わず悲鳴が漏れる。Mr.ウーンズが逃れる隙はない。俺はMr.ウーンズが切り刻まれる姿を幻視した。
「「「ぐるううぐ!」」」
だが、聞こえたのはしゃがれた呻き声だった。三人のギルマニア星人が同時に床に崩れ落ちる。それぞれが大天眼や、呼吸器、脚部を押さえていた。
Mr.ウーンズが拳を宙に払った。ぴちゃりと音がして緑糸の粘液が床に散った。ギルマニア星人の体液だ。Mr.ウーンズは今の間に拳でギルマニア星人を打倒したっていうのか? それも弱点を正確に打ち抜いたということなのか?
「すまんな。せっかく幼稚園児を連れて遊びに来てくれたのに」
Mr.ウーンズはぞっとするほど獰猛な微笑を浮かべて床に転がるギルマニア星人たちに視線をやった。
「構わんさ」
ギルマニア星人は平然とした顔で返した。
「今日は挨拶だ。お前の居場所は見つけたぞ、というな」
「そんなことを知ってどうなる? お前はがここに来るのは今日で最後だっていうのに」
Mr.ウーンズは拳を構えた。
「お前は今日ここで倒す」
「お前にできるとでも」
ギルマニア星人はわざとらしく驚いた口調で言った。部屋を見渡して続ける。
「ああ、下級族を倒せたから、誤解したのか。かわいいことだ」
「使い捨ての人材が豊富みたいでうらやましいよ」
「だろうな」
ギルマニア星人の触手が宙を撫でた。その感覚器官が俺やミイヤ、それにフーカを認識するのを感じる。
「お前らはこんなガキどもを育てにゃならんのだからな」
「俺は違う」と叫ぶ気にはなれなかった。
下手に動いてしまえば捻り潰されそうな恐怖を感じていた。
このギルマニア星人は他の奴らより小柄で、傷を負っていたけれども、一番危険な空気を纏っていた。
恥ずかしいことに俺は完全にビビってしまっていたのだ。
「まあいくらでもガキを育てればいいさ」
ギルマニア星人の顔に浮かんでいるのは、おそらく微笑みの表情なのだろう。それもMr.ウーンズのものと同じくらい獰猛な。
「そのたびにひねり潰してやるさ。何度も、何度でもなぁ。俺は覚えているぞ。お前がその腕を失ったときのことを、お前も覚えているだろう。お前が庇ったのに死んじまったあの青二才のことをなぁ。お前の傷、それにあの無様な死に様。今思い出しても笑えてくる」
不快な軋み声が上がる。笑い声なのかもしれない。だが、笑い声は不意に途切れた。俺はフーカが椅子を投げつけるのを見た。そしてギルマニア星人の刃腕が閃くのも見えた。椅子は切刻まれ、木片となって床に転がった。
「お、お兄ちゃんのことを馬鹿にするな!」
フーカが叫んだ。その顔は恐怖に強張っているけれども、同時に怒りに燃えているように見えた。
「ほお」
ギルマニア星人の触手がフーカを見た。
「なんだ、お前はあの無駄死にした青二才の知り合いか?」
嘲るような声でギルマニア星人が言う。フーカの顔がさらに赤くなる。
「お前!」
フーカが別の椅子を掴んだ。
「ぐらりゃのゃらう!」
だが、フーカがそれを投げるより早くギルマニア星人が唸った。床に転がっていたギルマニア星人たちはその声を聞いて跳ね上がるように飛び起きた。
「お前もここでくたばっとくか!?」
ギルマニア星人たちがフーカに殺到する。
「フーカ君!」
Mr.ウーンズが叫んだ。活劇でも聞いたことがないくらいに緊迫した声だった。
【つづく】




