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落ちあった駅でポスターを見たとき、ミイヤは何も言わなかった。
俺はそれを不思議に思った。
今までのミイヤだったら、ヒーローの新しい活劇が公開されたなんて聞いたら、間違いなく興奮して劇場に見に行きたいと言ったに決まっているからだ。
でも、ミイヤはポスターから目をそらして、何も言わなかった。
「訓練ってきついのか?」
その短い沈黙に耐え切れず、俺は尋ねた。ミイヤは首を振った。
「思っていたよりきついってことはなかったよ」
「そうか」
ミイヤはそれだけしか言わなかった。また沈黙が流れた。
俺はポスターに目をやった。『ファイヤー・エンダー 最後のレスキュー』。
あの事件からまだ一週間も経っていなかった。ヒーロー連盟の活劇作成部はいったいどんな魔法を使って活劇を作るのだろう、そんな考えが浮かんだ。
同時にじくりと胸の奥が疼く。俺は痛みを誤魔化すために、口を開こうとした。
「親父さんの具合はどう?」
でも、ミイヤの言葉の方が早かった。ミイヤは俺の家で起きたことをもう知っているようだった。どこまで知っているのかは、わからないけれども。
「まあ、ぼちぼちだよ」
俺はポスターを睨んだまま答えた。
「昨日ようやく、目を覚ました」
「そっか、よかった」
明るい声でミイヤは言った。
「リハビリをしたら、また前みたいに動けるようになるってよ」
俺はベッドの上でたくさんのチューブにつながれた父さんの姿を思い出しながら言った。
「よかったじゃん」
「ああ」
安心したように微笑むミイヤに俺は頷く。その目をまっすぐには見る気にはなれなかった。頭の中の父さんの姿はあまりにも弱々しくて、医者の診断マシンが下した結論なんて絵空事のように思えた。
俺は頭を振った。せっかく久しぶりにミイヤに会ったのだから、俺が状況をしんどく感じていると思われたくはなかった。
だから、俺は尋ねた。
「いいのかよ」
「なにが?」
ミイヤは首を傾げた。
「せっかくの休暇なんだろ。活劇見たいんじゃねえのか?」
俺は平気な顔を作って、ポスターを指差した。ミイヤは笑って首を振った。
「いいよ、別に。ヒーローはもう見慣れてるから。知ってる? ヒーロー訓練校の教官って引退したヒーローなんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「あー、でも、誰がとかは、ごめん、言えないんだけど」
「別に知りたくもねえよ」
俺が仏頂面を作って肩を叩くと、ミイヤは笑った。以前と変わらない笑顔だった。本当に前と同じ笑顔だった。だから、俺は改めて言ったんだ。
「やっぱさ、見に行こうぜ。活劇」
「だから、いいって」
俺はミイヤの目をまっすぐに見て言った。ミイヤは俺をしっかりと見返してきた。訓練所に行く前でもミイヤはこんな時にこんな風に見返してきただろうか。
「俺が見たいんだよ。自分が巻き込まれた事件だぜ、どんな風に活劇になるか、見てみたいだろうがよ」
「……そう」
少しだけ俺の目を覗き込んでから、ミイヤは頷いた。
俺はもう一度ミイヤの肩を叩いた。
「それにヒーロー候補生様の視点からだとどんな風に見えるのかも気になるしな」
俺は意識して口角を上げて言った。
うまく笑顔になっていたらいいと思いながら。
【つづく】




