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志願制ヒーローたち  作者: 海月里ほとり


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 それは一本の腕だった。

 それは美しい腕だった。

 それは力強さの概念の形そのものだった。

 コーティングされていない金属の表面には曇り一つなく、随所から緻密な機構を覗かせている。極細のケーブルは束となり流線を描いて輪郭を型取っている。

 父さんの作った腕だ。Mr.ウーンズのために作っていた腕だ。ほとんど完成して、後は最終調整を行うだけになっている。

 考えるより早く、俺は義腕に手を伸ばしていた。手首を握り、引き寄せる。ドブガスカル合金は、炎に熱せられてかすかに温かい。義腕の根元に手を差し込む。そこに起動のスイッチがある。モーターが微かな唸り声をあげる。指先で神経ケーブルを手繰る。指先が痙攣するように不規則に動く。ケーブルは恐ろしく複雑に絡み合っている。

「大丈夫だ。仕組みは分かっているだろう。落ち着け」

 耳元に気配を感じる。父さんか、Mr.ウーンズか、代々の工房の主か。誰の声かは、わからない。ただ、その声を聴いて、俺のパニックは消え去った。父さんの見せてくれた図面を頭に思い浮かべ、目当てのケーブルを見つける。一本ずつ、慎重に。

 ふいに俺の腕が伸びた感触があった。ケーブルを通じて、義腕が俺の指先と一体となる。フィードバックはない。でも、その義肢に宿る力が、俺の指先に流れ込んできた。力強い暖かさが俺の指先に伝わってくる。

「ぎゃしゃりゃああ?」

 ギルマニア星人が唸った。大天眼が俺の方を見る。俺は左腕を水平に構えた。俺の腕の先には機械の腕がまっすぐに伸びていた。まるで俺自身の腕に関節が一つ増えたように、義腕は自然に動いた。

「リュウ、ちゃん……何をしている!」

 あっけにとられた顔で、スナッチャーが俺を見た。

「やめろ!」

 でも次の瞬間、その顔を怒りの表情が塗りつぶした。俺はその言葉が聞こえないふりをした。手の中の義腕が次にするべきことを俺に告げていた。

「お前の相手はこのあたしだ!」

 スナッチャーがギルマニア星人に叫ぶ。ギルマニア星人はその声を無視する。鋭い刃腕が後ろに引き絞られる。俺の指先が動く。連動して義腕のが手刀の形をとる。俺は自分の腕ごと、義腕を振りかぶる。

「……! ………!」

 スナッチャーが何かを叫ぶ。でも、もう何を叫んでいるのかわからない。スナッチャーの叫びだけじゃない。全部の音が遠くなる。俺はギルマニア星人を見た。ギルマニア星人も俺を見た。それで世界は俺とギルマニア星人と、俺の腕、それだけになった。

「………!」

 ギルマニア星人が声もなく、吠える。僅かなため。鈍化した時間の中でゆっくりとギルマニア星人が俺に迫る。刃腕が俺の首元めがけて跳ね上がってくる。恐怖はなかった。俺は義腕の手刀を振り下ろす。手刀は滑らかに時間を切り裂いていく。鋭く、速く、美しく。

 刃腕が俺の首元に触れ、皮を裂く。でも、そこでまでだ。傷口から血が滴るより先に、義手刀の一撃がギルマニア星人の大天眼を切り裂いていた。

 手刀は大天眼を割り、それを支える触手を切り裂き、ギルマニア星人の頭部を叩き割った。

「じゅらっがああああああああああ!」

 世界に音が戻る。ギルマニア星人の絶叫が鼓膜を震わせる。

「リュウト!」

 スナッチャーが叫び、顔を顰めて胸を押さえた。

「大丈夫。それより、ファイヤー・エンダーを、早く逃げないと」

 俺はファイヤーエンダーに駆け寄り、助け起こした。安堵する。まだ息はある。

「ああ……そうだね」

 スナッチャーは弱々しく身体を起こし、チェストの蓋を開いた。

「大丈夫かい……、コッチン」

「は、はい、あの」

「すまないね、大変なことに巻き込んじゃって」

「い、いえ」

 コチテは震えながら答えた。

「でも、大丈夫だよ。もう、ギルマニア星人は、やっつけたからね。リュウちゃんが」

「リュウトが?」

 コチテが目を見開いて俺を見た。俺はなんだか恥ずかしくなって目をそらした。スナッチャーが笑って言う。

「さ、早く逃げよう。親父さんは無事だね。わるいけど……」

「しゅううらぃあ」

 不吉な唸り声が聞こえた。コチテの目が更に大きく見開かれた。

「危ない!」

 コチテの悲鳴に振り返る。ギルマニア星人が立ち上がっていた。弱々しく震える脚で、でも確かな殺意を持って。対の刃腕が振り上げられる。俺は義腕を構えて、叩きこもうとした。

「じゃりゃりゃああ!」

 叫び声とともに、刃腕が振り下ろされる。だが、衝撃は来なかった。

「ひゅは」

 空気の抜ける音。顔を上げる。

 俺は全身にぬめりとした湿りを感じた。はきそうになる刺激臭が鼻をつく。爆装粘液だ。ギルマニア星人の刃腕は、自分自身の喉元を切り裂いていた。可燃性の粘液を溜めている器官を。

 ギルマニア星人の大きな口が厭らしく笑う。刃腕が振り上げられる。

 瞬間、肩に感じていたファイヤー・エンダーの重みが消えた。強い衝撃。俺は体勢を崩し、素材保管チェストに突っ込む。ガタン、と音がしてチェストの蓋が閉まる。

 すべては一瞬のうちに起きた。チェストの蓋の向こう側でカチンと固い音がした。

 それから、すさまじい爆発がチェストを揺らした。

 

【つづく】

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