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耳障りな絶叫が、焼きつく空気を切り裂く。振り返る。紫の粘液を炎にてらつかせ、ギルマニア星人が立ち上がっていた。
「ぎら、ずぎゅりらあ」
ギルマニア星人が唸る。傷ついた大天眼は俺たちを睨みつけていた。言葉の意味はわからないが、その意志は明白だ。大きな眼球から放たれる怒りと殺意は、もはや物理的に感じられるほど強いものだった。
「死にぞこないがよぉ」
スナッチャーがゆらりと立ち上がり、低く構える。
「待て」
ファイヤー・エンダーがそれを制止する。無人機が陣を成し、ギルマニア星人に放水口を向ける。
「気をつけろ! そいつは爆装型だ!」
「ぐらでじぃ、らなああ」
スナッチャーが叫ぶ。それにかぶさるようにギルマニア星人が吠えた。大天眼の下、触手の茂みに隠された口が開く。突き出されたその吻口からねばつく粘液が噴射される。
「ぬ!」
無人機がエンダーガードを射出し、粘液を受け止める。ギルマニア星人がカチンと刃腕を打ち合わせた。ファイヤー・エンダーが叫んだ。
「伏せろ!」
次の瞬間、閃光が工房を迸った。続いて、強い衝撃が襲い掛かった。工房の中をすさまじい熱と風が暴れ回った。俺は必死に近くの作業台にしがみついた。
「危ない!」
耳鳴りの中、叫び声が聞こえた。スナッチャーの声だった。頭の上で、何かと何かがすさまじい勢いでぶつかった気配があった。
「ぐわああ!」
悲鳴が聞こえた。声の方を見る。スナッチャーが壁に叩きつけられていた。振り返るとそこにはギルマニア星人の刃腕があった。そこでようやく状況を理解する。スナッチャーが俺を狙ったギルマニア星人の刃腕の一撃を弾き、その反動で吹き飛ばされたのだ。
「ぐうう」
スナッチャーが唸り声をあげる。その腕は不自然な方向に曲がっていた。
「しゃりゃあああ!」
再び、振り返る。ギルマニア星人が耳障りな唸り声をあげる。スナッチャーに向き直る。スナッチャーはギルマニア星人を睨みつける。立ち上がろうとする。だが、立ち上がれない。
「させるか!」
ファイヤー・エンダーが叫ぶ。
「ひろが……」
だが、チャントは途切れた。
「くそっ」
ファイヤー・エンダーの口から悪態が漏れる
見ると無人機はすべて床に転がっていた。俺たちを守るために展開しすぎたのだ。
ギルマニア星人の口が厭らしく笑ったように見えた。むしゃり、と噴出口が覗く。スナッチャーめがけて粘液が射出させる。
「させるか」
粘液がスナッチャーに届くよりも早く、ファイヤー・エンダーが飛んでいた。腕の下にエンダーガードを展開し、粘液を受け止める。
「りゃざああ!」
ギルマニア星人が叫ぶ。刃腕を振り上げ、打ち鳴らす。閃光。爆炎。熱と風が荒れ狂う。
「爆ぜろ!」
爆音の中にファイヤー・エンダーのチャントが聞こえる。次の瞬間、破裂音とともに微かな涼しさが広がった。顔を上げる。床に転がる無人機たちが破裂し、消炎剤を撒き散らしていた。
「ぐらっだどぉあ」
ギルマニア星人が唸り、吻口を突き出す。
「ゆじぁ?」
戸惑うような声。粘液は射出されない。
「弾切れかぁ」
壁にもたれかかったまま、スナッチャーが嘲るように言う。
「ぢぃいあい」
ギルマニア星人が唸る。ゆっくりと刃腕を振り上げる。
「いいさ、来いよ」
スナッチャーが弱々しくねじ曲がった腕を上げながら言う。敵うはずがない。俺はファイヤー・エンダーの姿を探す。床の上に銀色を見つける。だが、その姿を見て俺の胸は絶望に包まれる。
ファイヤー・エンダーの銀色の装甲は焼け焦げ、大きくへこんでいる。ぐったりと床の上に身体を投げ出し、ピクリとも動かない。
ギルマニア星人が一歩踏み出す。炎に刃腕がギラつく。
俺の身体は動かない。逃げるか? 戦うか? 選択肢は頭の中には浮かぶ。けれどもその選択肢どれも頭の中でぐるぐると回るだけで、俺の身体を動かしてはくれなかった。
その時、視界の端に何かがきらめいた。
それは鈍く、斑で、しかし確かなきらめきだった。
【つづく】




